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[17]公道越しにボールを打てますか?(上)

ゴルフは自己責任のスポーツ

山口信吾 ゴルフ作家

安心・安全な日本のゴルフコース

 日本は世界に冠たる安心・安全な国である。公共の場における安心感、正確無比で清潔な交通機関、街中や電車の中での忘れ物や落とし物が戻ってくることなどが、世界では大きな話題になっている。日本に住んでいれば、よほどのことがない限り周囲に対して警戒心を抱くことはない。

 1972年、28歳のときに人生初の海外個人旅行に出かけ、アムステルダムの街角で写真を撮っていると、見知らぬ人から「地面に置いたカバンを両足で挟んでおけ」と助言されたことを、昨日のことのように思い出す。カバンを置き引きされると言うのだ。それ以来、数えきれないくらい海外個人旅行を重ねた今は、外国の空港に到着すると無意識のうちに警戒心のスイッチが入り、「自分の身は自分で守る」という気持ちになる。

 日本では、ゴルフコースも安心・安全である。立派なクラブハウスには、広々としたロビーとレストラン、ロッカールーム、浴室が設けられ、フェアウェイとグリーンはもちろんのこと、ラフも丁寧に刈りこまれている。プレーには関係がない奥まったところも樹木も刈りこまれ、コースはまるで庭園のようである。

 サービスも行き届いていて、コースに到着すれば待ち受けている係員が、車のトランクを開けてゴルフバッグを下ろし乗用カートに積み込んでくれる。財布などの貴重品は封筒に入れて預かってもらえるし、設置されている貴重品ボックスに預けることもできる。

 一方、英国のコースでは、たとえ会員であっても、駐車した車の脇でゴルフシューズに履き替え、ゴルフバッグを担いで1番ホールに向かうのが一般的である。年会費を払えば1回ごとのプレー代は不要なので、予約した時間がくれば勝手にスタートする。18ホールを回り終えれば、自分でゴルフバッグを車に戻してから、クラブハウスのバーで喉を潤す。レストランで昼食や夕食をとるのは特別のときである。

駐車した車の脇でラウンドの準備をする家族ゴルファー。英国ではちびっこゴルファーの姿をよく見かける(セントアンドルーズ・リンクス)拡大駐車した車の脇でラウンドの準備をする家族ゴルファー。英国ではちびっこゴルファーの姿をよく見かける(セントアンドルーズ・リンクス)

 たとえ名門クラブであっても、クラブハウスなどの設備が質素で、従業員の数が少なく、コース内の芝草を必要最小限しか刈っていないのは、ゴルフの同好の士が集まって自分たちの費用でコースをつくりクラブハウスを建てて運営しているからだ。立派な設備をつくって多くの従業員を雇えば、その費用は全部自分たちに多額の年会費として跳ね返ってくる。

 日本のコースでは、ラウンド中に忘れ物や落とし物をしても、後続の組が拾って届けてくれる。ラウンド中にクラブを置き忘れたことを無線で連絡すれば、係員が探しに行って見つけたクラブを届けてくれる。プレーが終われば、係員が「クラブはそろっていますか?」と尋ねてくれ、置き忘れたクラブやヘッドカバーがあれば即、係員がコースに探しに行ってくれる。

  一方、海外でラウンドするときには、クラブやヘッドカバーを置き忘れないように細心の注意を払う。何であれコースに置き忘れたものは戻ってこないからだ。後続の組が忘れ物や落とし物を拾って届けてくれることは期待できない。後続の組が誰で、いつ上がってくるのか確かめようもないのだ。プレーを中断する人も多いし、コース内を散歩する人も多い。広いコース内を自分で探し回るわけにもいかない。

リンクスでは海岸に向かって散策する人をよく見かける(ロイヤル・ジャージ GC、チャネル諸島)拡大リンクスでは海岸に向かって散策する人をよく見かける(ロイヤル・ジャージ GC、チャネル諸島)

 ゴルフバッグからは1本のクラブしか取り出さない。ボールを打てば、使ったクラブをすぐにゴルフバッグに戻す。間違っても使わないクラブを地面に置いたりはしない。ウェッジとパターを同時に取り出すのも厳禁。地面に置いたクラブは忘れやすいのだ。外したヘッドカバーも地面に置かないでゴルフバッグにしまってからボールを打つ。

 海外のコースでは、ゴルフバッグを預かってくれる人はいないし、カギをかけて保管する設備もない。クラブハウスには受付がないことも多いので(プロショップが受付を兼ねている)、貴重品も預かってはくれない。財布などは身に付けたまま自分で管理する。プレー後に飲食をするときには、ゴルフバッグを車に運んでトランクに格納しておく。何事をするにも防犯を考えて行動する必要がある。

日本だけでゴルフをしていると、日本のコースが世界で類がないほど至れり尽くせりであることに気がつかない。人件費が高い先進国で、これほど人手をかけて完璧にコースを整備したり、行き届いたサービスを提供したりしている国はない。

海外のゴルフコースは何事も自己責任

 日本のコースでは、道路や人家に面しているホールでは、打ち放し練習場を思わせる高い防球ネットが張られ、ボールが間違ってもコースを飛び出さないようになっている。フェアウェイが人家や道路に隣接しているホールでも、防球ネットのおかげで、初心者でも安心してドライバーでボールを打つことができる。

コースを貫く県道は防球ネットで厳重に守られている(兵庫県宝塚市)拡大コースを貫く県道は防球ネットで厳重に守られている(兵庫県宝塚市)

 一方、英国のコースでは、公道や鉄道に面したホールでも防球ネットが張られていない。車が頻繁に行き交う道路越しにティーショットを打つホールさえある。コースに防球ネットを張らないのは、自然景観を損ねるからだ。看板や電柱がない英国の田舎は自然美にあふれている。コース内の道路や歩径路には細かな砂利が敷き詰められ、アスファルトやコンクリートの舗装は見かけない。

 海岸線の浸食に対する考えも日本の常識とは180度違う。波の影響で海岸に面したホールが浸食されているコースを何度か訪れたことがある。消波ブロックを積み重ねたりコンクリート護岸を築いたりすることは認められていないという。浸食が進んだためにコースを海岸線から後退させたという話も聞いた。自然保護区にあるリンクスの海岸では、自然の営みを人間が邪魔することは許されていないのだ。

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筆者

山口信吾

山口信吾(やまぐち・しんご) ゴルフ作家

1943年、台北市生まれ。九州大学工学部建築学科を卒業後、同大学院を修了。69年、竹中工務店に入社。72年に渡米し、ハーバード大学デザイン大学院修了後、米国大手設計事務所に勤務。75年に帰国して竹中工務店に復帰。一貫して都市開発プロジェクトに従事。2004年の定年退職後はゴルフ作家として活動している。43歳でゴルフを始めた遅咲きゴルファー。ベストハンディキャップ8。97年以来、毎年のように英国の海岸地帯の「リンクス」と呼ばれる自然のままのコースを巡る。『定年後はイギリスでリンクスゴルフを愉しもう』(亜紀書房)、『普通のサラリーマンが2年でシングルになる方法』(日経ビジネス人文庫)、『死ぬまでゴルフ!』(幻冬舎)など著書多数。自身のブログはhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~single 【2016年3月WEBRONZA退任】

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