2015年11月04日
先月、第3次安倍改造内閣がスタートした。スローガンは「一億総活躍社会」だ。大手各紙の世論調査では、「総活躍」政策への不支持は5割戦後とパッとせず、同時に掲げられた「GDP600兆円を目指す強い経済」「介護離職ゼロの社会保障」「出生率1・8を目指す子育て支援」の「新三本の矢」についても、多くの識者は、実現不可能、と素っ気ない。
だが「一億総活躍社会」は、単なる人気取りの大言壮語と見過ごしていいのか。アベノミ政策を検証していくと、一億総活躍政策の危ない「本気」が浮かんでくる。
安保法制がクローズアップされがちだが、安倍政権が力をもっとも入れてきた政策のひとつは「働き方改革」と呼ばれる労働法制の改定だ。9月に成立した改定労働者派遣法は、不安定で低賃金の働き方として、国際社会でも臨時にとどめるべき働き方とされている派遣労働を恒久化するものだった。
2012年の改定では、派遣の恒久化を防ぐため、派遣期間を過ぎた派遣労働者は派遣先の直接雇用社員とみなす「みなし雇用制度」が盛り込まれていた。
ところが今回の改定は、派遣会社が有期で雇う派遣は3年で契約を打ち切り、無期の派遣は無期限に派遣先が使えるようにすることで、派遣先の直接雇用の道を塞いだ。しかも、当初は9月1日だった施行日を、派遣社員らの抵抗で審議が長引くと9月30日に修正し、10月1日からの「みなし雇用制度」の施行を強引に空洞化させた。これで、正社員を派遣で代替して人件費を抑制することが一段と容易になり、働き手の「活躍」の成果を企業の利益へ回しやすくなった。
今後、審議が予定されている「高度プロフェッショナル制度」などの労働時間法制改定案も、1日8時間を超えて働かせたら割増賃金を払うという従来の規制を取り外すものだ。長時間拘束されても収入には結びつかず、企業の残業代節約に貢献する改定だ。
アベノミクスでは、解雇規制の緩和と雇用の流動化政策も進められつつある。その中で増える解雇者の転職を人材ビジネスが支援すれば、補助金として公金が流れ込む仕組みも広がりつつある。流れ込む余裕資金を使って大手企業は海外の企業の買収を進め、世界市場に進出、というGDP600兆円への筋書きが見えてくる。
企業が大きくなっても、利益が賃金に回ってこないこの仕組では、子育て支援は難しくなるはずだ。
2011年の国立社会保障・人口問題研究所の調査では、子どもを産めない理由のトップは「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」となっているからだ。「出生率1・8」はどうなるのか。だが、そこにもアベノミクス流の布石が用意されている。
9月から国家戦略特区法が改定され、「外国人家事支援人材」が特区内で解禁となった。人材ビジネス会社などが雇用し、各家庭に派遣して家事サービスにあたらせる。今回は家事だけに限られたが、子どもや高齢者への食事づくりといった家事とからめれば、ベビーシッターや在宅介護にも援用されうる。
「人材」は3年で送り返される仕組みであるため、労組を結成して労働条件の改善を求めることも難しい。そんな立場の弱さを利用して、今後、彼女たちが最低賃金の適用から除外されていくことになれば、介護保険から外された高齢者ケアや待機児童問題の解決策として、中低所得の働き手が自己責任で安いサービスを購入するよう求められていく可能性もある。
さらに、外国人介護実習生を導入して「実習なのだから期間中はやめてはならない」という縛りをかければ、労働条件の引き上げなしで「介護離職ゼロ」も夢ではない。だがその場合、産業構造の転換で雇用の主要な受け皿となりつつある福祉職場は、今以上に経済的自立が可能な雇用を提供できなくなり、働き手の貧困化はさらに進むだろう。
9月にはミュージシャンの福山雅治氏の結婚発表にからんで、菅義偉官房長官が、「(ファンの)ママさんたちが、一緒に子供を産みたいとかそういう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています」と発言した。こうしたムードの盛り上げで女性たちの義務感をあおる作戦も始まっている。
働く女性たちの間ではすでに、「出産もしないとダメという空気が強まって、つらい」という声も出ている。
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