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不公平是正や福祉に活用しなければ有害だ

使い方や機能を限定して様々な危険を最小化しつ、不平等是正や社会保障充実につなげよ

小此木潔 ジャーナリスト、元上智大学教授

 マイナンバー制度に関して多くの人々が不安や不満に思うのは、「リスクが大きいのではないか」ということだ。大学生の間でも「なにかのトラブルに巻き込まれそうだし、逆にたいして必要もなさそうだから、できれば持ちたくない」という声が聞かれるほどである。

 この12ケタの番号を税制の不公平や社会的不平等の是正に活用したり、福祉の強化を進めるための道具として活用したりするのでなければ、社会にとって益より害が大きいといわざるを得ないような事態に直面しかねないし、国民の理解は得られないと思う。

 具体的には、使い方や機能を限定することで、情報漏れやなりすましの危険を小さくするとともに、税制改革によって課税の不公平を是正し、富裕層に対する課税の強化で得られる財源を不平等の是正や社会保障の充実につなげるべきである。

 そうして社会全体にとっての効用が大きいことを実証すれば、多くの国民の納得が得られよう。逆に、もしもそういうことができなければ、国民全体が将来にわたってさまざまなリスクを抱え込むだけで、たいした成果も得られないということになりかねない。その場合は早晩、マイナンバー制度の抜本改革あるいは廃止すらもが国政選挙のテーマとなるだろう。

リスク軽視が不信生む

「マイナンバー」の通知郵便を受け取る男性=愛媛県新居浜市「マイナンバー」の通知郵便を受け取る男性=愛媛県新居浜市

 政府がホームページに掲載している「マイナちゃんのマイナンバー解説」を読んで、宣伝文句の羅列に、あ然とした。

 「マイナンバーは、住民票を有する全ての方に1人1つの番号を付して、社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用される」と説明している。

 「行政を効率化し、国民の利便性を高め、公平かつ公正な社会を実現する社会基盤」であるとし、期待される効果としては、(1)所得や他の行政サービスの受給状況を把握しやすくなり、負担を不当に免れたり給付を不正に受けたりすることを防ぎ、真に困っている人にきめ細かな支援を行える(公平・公正な社会の実現)(2)添付書類の削減など行政手続きが簡素化される(国民の利便性の向上)(3)行政機関などでさまざまな情報の照合などに要する時間や労力が大幅に削減される(行政の効率化)、の3点を挙げている。

 こうした利点については、それがどの程度の効果を期待できるのかについて、もっと具体的でわかりやすい説明がなされなくてはならない。たとえば、脱税のチェックが厳しくなることで、どれくらいの増収効果が見込めるのか。巨額の脱税や海外の銀行口座を利用した資産隠しなどをきちんと摘発できるような措置も併せて講じるのかどうか、である。

 さもないと、新たな制度を警戒した富裕層が預金を海外にシフトさせたりするのではないか。あるいは、真に困っている人に対して、政府は実際に支援の手を差し伸べる具体的な計画があるのかどうか。それなしに「できるようになる」というだけでは、絵に描いた餅にならないか。

 こうして、社会的効用の説明があいまいな半面、リスクについての説明は貧弱だ。「個人情報が外部に漏れるのではないか、他人のマイナンバーでなりすましが起こるのではないか、といった懸念の声も」あるとし、「マイナンバーを安心・安全にご利用いただくために、制度面とシステム面の両方から個人情報を保護するための措置を講じています」と説明。制度面では、個人情報を収集したり、保管したりすることを禁止したり、特定個人情報保護委員会という第三者機関が監視・監督をするとか、法律に違反した場合の罰則も重くなっているという。さらにシステム面の保護措置として、情報を分散管理したり、システムにアクセスできる人を制限したり、通信する場合は暗号化するという。

情報漏れ・なりすましは不可避

 しかし、こんな通り一遍の説明では納得できない。

 なぜなら、実際にはマイナンバーのIDカード化と幅広い使用を政府は求めているのであって、利用範囲が広がれば広がるほど個人情報漏れや、なりすまし被害の危険が増えるということについて、あまりにも警戒心が弱すぎる。

 マイナンバーは、年金や雇用保険、医療保険、生活保護、児童手当その他福祉の給付、確定申告をはじめとする税の手続きなどのさい、申請書等に記載を求められるだけではない。企業は、従業員の健康保険や厚生年金の加入手続きをしたり、従業員の給料から源泉徴収して税金を納めたりしているし、証券会社や保険会社等の金融機関は配当金、保険金などの税務処理をしている。

 これらの手続きにマイナンバーが必要となるため、本人や家族のマイナンバーの提出を求める場合が出てくるから、さまざまの場面で情報漏れやカード紛失などのリスクを伴うことにならざるをえない。

 筆者は、ニューヨークで勤務していたころ、9ケタの社会保障番号の提示や記入を窓口などで幾度となく求められた経験がある。さいわい、なりすまし被害にはあわなかったが、近年はネット社会化につれて社会保障番号などの個人情報を盗まれる被害が急増しているようだ。

 米国第2位の医療保険会社アンセムは今年2月、8000万人という膨大な顧客と従業員の個人情報を扱うデータベースがハッカーに侵入され、情報を盗まれたと発表した。また、朝日新聞9月11日夕刊に掲載されたニューヨーク特派員の記事によれば、社会保障番号を勝手に使って他人が約150万ドルの借金をしていた例があるほか、2013年のID盗難被害者は1310万人、被害総額180億ドルにものぼった。

 深刻なのは、米国の徴税当局である内国歳入庁(IRS)のコンピューターですら不正アクセスを受けたことが今年5月に明らかになり、IRSは10万を超える世帯の納税申告データが盗まれた可能性があると発表した。米紙ウォールストリート・ジャーナルの報道によればその後、さらに20万以上の世帯のデータがアクセスを受けた可能性があるとIRSは追加発表している。ハッカーが納税者情報にアクセスする過程で、何段階もの認証をクリアしたことになるわけで、こうした手法で日本のマイナンバーなど膨大な個人情報が盗まれてしまう懸念はぬぐえない。

 すでに国内でも日本年金機構で100万件を超す個人情報の大量流出が起こり、サイバー攻撃に対する備えの甘さが露呈している。また、厚生労働省の中枢にいる職員によるマイナンバーがらみの汚職も摘発されたばかりだ。

 今後、マイナンバーがらみの個人情報が広く地方自治体や金融機関、勤務先の企業などのコンピューターで扱われるようになれば、流出の危険はますます高まり、被害が続出しかねない。

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