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徹底した経済優先ー英国の賭けは当たるか?

財務相の決断で道連れになることに、英国民は居心地の悪さを感じている

小林恭子 在英ジャーナリスト

 英国の急速な中国接近が、国内外で大きな注目を集めている。

 10月末に訪英した中国の習近平国家主席は最高級の国賓としてもてなされ、滞在中の5日間で約400億ポンド(約7兆3990億円)に上るビジネス案件がまとめられた。英国の原子力発電所建設への出資や中国が開発した原子炉技術の導入も合意され、国の主要インフラ建設に中国を招き入れるほど、英国は中国と深く関係を持つという現政権の意思を如実に示した。

 人権問題や他国へのサイバー攻撃など、中国の負の側面には目をつぶった形の大型投資と深い関与の背景とは何か。英国からの視点を報告したい。

真っ赤なドレス 最高級のおもてなし

中国の習国家主席と英キャメロン首相との記者会見(英首相官邸のサイトより)拡大中国の習国家主席と英キャメロン首相との記者会見(英首相官邸のサイトより)

 10月19日、ロンドン・ヒースロー空港に到着した習近平国家主席夫妻は、離英の23日まで、最高級の国賓としての扱いを受けた。

 20日には近衛騎兵隊による歓迎パレードの後、エリザベス英女王と馬車に同乗してバッキンガム宮殿に入り、昼食をとった。夜は公式晩餐(ばんさん)会が開催されたが、出席したキャサリン妃(女王の孫ウィリアム王子の妻)が着用したのは真っ赤なドレス。共産主義の国、中国に合わせたものだ。

 習国家主席の訪英は最初から最後まで詳細に英メディアによって報じられたが、馬車の小窓から見えるエリザベス女王の隣に座った習主席の顔、晩餐会でのキャサリン妃の赤いドレス、この2つのイメージは中国が英国にとっていかに重要な国であるかを内外にアピールした。

 これほどの歓迎は、英国が国策として中国との経済的つながりを最優先する方針に大きく舵を切ったことを意味する。主導するのはジョージ・オズボーン財務相だ。

 人口約13億人、世界第2位の経済大国となった中国を何とか自国の利にかなうように使いたいという国は少なくない。英国もそんな国の1つだ。その巨大な市場や自国に入ってくる投資額は大きな魅力だ。

 しかし、英国は、表立って中国市場の開拓に積極的である様子をこれまでは見せてこなかった。中国をライバル視する米国と歩調を合わせる外交方針、人権問題やサイバー攻撃への疑念などがあったからだ。

 過去を振り返れば、そのきずなはネガティブな意味で深い。

 19世紀、中国(当時は清国)と英国はアヘン戦争を経験している。輸入超過となった中国との貿易を是正するため、英東インド会社(当時は中国との貿易を独占)はインド産のアヘンを中国へ輸出。アヘンが急増したことで、中国は大混乱に陥った。清政府はアヘンの輸入を禁止し、英商人を国内から追放した。反発した英国は中国と開戦する。1842年、清が屈服。南京条約で賠償金を払い、香港の割譲、上海、広州などの開港を受け入れた。

 中国ではアヘン戦争があった19世紀を「1世紀にわたる屈辱」と呼び、今でも忘れられていないという(BBCラジオ4「英国と中国」、10月18日放送)。

 過去の思い出したくない歴史、米国からのけん制、そして、報道の自由を重んじ、オープンな社会を自負する英国社会の価値観とは異なる価値観を持つようである中国への漠たる不信感(こうした不信感、懸念は英国のメディアで日常的に、ひんぱんに報道されている)ー。さまざまな要素が英国政府の手足を縛ってきた。

ダライ・ラマ接見による「失敗」から学ぶ

 手足を拘束する要素があっても、中国市場は経済的に計り知れない魅力があるーそう考えていた英政府が、なりふり構わぬ親中国になるきっかけは、失策から生じた。2012年5月、キャメロン英首相がチベット亡命政府のダライ・ラマ14世と会談。この時から3年間、中国は自国と英国の高級官僚との接触を禁じた。

 キャメロンは中国に対し会談をしたことを謝罪はしなかったものの、英政府は「雪解け」のために努力を開始する。

 13年10月、オズボーン財務相はロンドン市長ボリス・ジョンソンと企業の代表を連れて、中国を訪問。「中国は脅威ではない。(ビジネスの)機会だ」と述べている。中国から英国を訪れる際のビザも緩和することで合意した。この時まで、中国から欧州大陸の国を訪れる際のビザとは別に、英国用にもビザが必要だったが、前者のみで足りるようにした。

 英国が中国との関係を深めることに本気であることが明確になったのが、今年3月だ。

 中国が設置を提唱し、主導する「アジアインフラ投資銀行」に、欧米で最も早く参加を表明したのである。設立メンバーの締め切りが3月末に迫る中、15日、英国がG7加盟国で最初に参加を表明すると、翌日、ドイツ、フランス、イタリアが続いた。英国の参加宣言は、新銀行、ひいては中国の経済運営に対し、お墨付きを与える役割を果たした。

 参加を見送ったのは、米国と日本だった。

 英国にとって、最大の外交上のパートナーと言えば、諜報情報を共有する米国だ。英国から独立して建国したという歴史、英語の共有、人的つながりなど、その関係性の深さにおいて(少なくとも英国から見た場合)、米国ほど英国に近い国はない。

 そんな米国と行動を別にし、中国ににじり寄った英国。この時点ですでに、対中国において英国は米国とは異なる、独自の方針の下で動くことを米国に明確に示したと言えよう。

 経済を何物にも優先するこの方針は、英国では「オズボーン・ドクトリン」とも呼ばれている。人権問題、地政学的な意味合いよりも、まずは「カネ」を重視するのである。外務省ではなく、財務省が英国の外交方針を牛耳った。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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