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[1]信義なき世界と格差の拡大

「資本主義のこれまでとこれから」(WEBRONZA×朝日カル連携講座)

水野和夫 日本大学国際関係学部教授

 WEBRONZAは今年度、朝日カルチャーセンターと協力して連携講座を設け、ご契約者の方々をご招待するとともに、その内容をサイトでも紹介しています。今回は日本大学国際関係学部教授の水野和夫氏による「資本主義のこれまでとこれから」です。4回の連載でお届けします。

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世界は信義なき時代に入っている

 今回はトマ・ピケティの著書『21世紀の資本』のお話をしようと思いますが、実はピエール・ド・ジャン・オリーヴィ(1248~1298)という経済学者が『13世紀の資本』というタイトルの著書を出版しています。これは大黒俊二先生(大阪市立大学教授)の著書『嘘と貪欲』に述べられています。

拡大水野和夫氏

 オリーヴィについて解説すると、なぜ『21世紀の資本』に世界中の人々が興味を抱き、160万部ものベストセラーになったかがわかりやすくなります。

 そこで、なぜオリーヴィが13世紀に「資本」という概念を持ち出さねばならなかったかを考えながら、双方を対比する形でお話を進めたいと思います。

 まず13世紀と21世紀がどのような関係にあるかですが、双方ともに言われるのは「歴史の危機」という状態であるということです。

 何をもって「歴史の危機」とするかですが、簡単に言うと秩序が崩壊しているということです。秩序は何らかの機能が維持されていれば保たれますので、その機能が破綻しているとも言えるでしょう。

 特に重要な機能としては3つあります。①生命の安全が守られていること、②国家や国のリーダーが約束を守ること、③財産がきちんと保護されていること、です。

 最低限この3つが維持されておらず、1つでも破綻すると他の2つも連鎖的に破綻していきます。1つだけがおかしくなって、残りの2つがおかしくならなかったということは、これまでほとんどありません。どれか1つに最初のきっかけがあり、3つが将棋倒しのように破綻していくのです。

 歴史的に見ると、まずは476年に西ローマ帝国が崩壊し、フランク王国のカール大帝(742~814)が同国をもう一度再興するところまで。この時期は300年以上も秩序がなかったと言われています。

 2番目は「長い16世紀」(1450-1650年)の約200年間で、主に宗教戦争が続いていました。3番目が18世紀のフランス革命の時期で、これも約100年間です。

 そして現在は、1971年から混乱が始まっています。きっかけはニクソン・ショック。アメリカのニクソン大統領が、ドルと金の交換を停止した経済政策です。

 かつてアメリカでは、35ドルで金1オンスと交換する取り決めをしていました。日本銀行など各国の中央銀行が35ドルを渡せば、必ず金1オンスと交換してくれたわけです。

 ところが、ニクソン大統領は1971年8月15日をもってその取り決めを一方的に破棄しました。各国との合意に基づいて破棄したならばルール違反にはあたりませんが、たしか日本に通告したのは交換停止の2時間前だったと思います。

 当然、日本は大混乱に陥りました。各国は緊急に全市場を停止したのですが、日銀は1週間も市場を開け続け、お金の過剰流動性でバブルが起きるという大被害が起きました。

 小さな国がこのような約束事を一方的に破棄しても、国内は混乱するでしょうが、世界経済にまで影響を及ぼすことはありません。しかし、ドルは世界の基軸通貨ですから、突然こういう信義なき行動をすると、そこから秩序が崩れ始めます。

 日本でも2012年、「社会保障と税の一体改革」について、自民党、公明党、民主党による三党合意がありました。その後、三者の党首会談が開かれることもなく、一方的に衆議院の解散総選挙となりました。やはり信義なき時代に入っていると思います。日本はまだ約束事が守られている方ではないかと考えがちですが、そうでもないのです。

 また、2年前に日銀総裁が、「2年後に消費者物価指数が2%にならなければ総裁の座を辞める。それぐらい強い決意で私は就任した」と国会で述べました。

 ところが、最近は「責任の取り方とには色々ある」と述べており、辞める気はまったくないようです。国営放送の会長が述べるくらいならばまだいいかもしれませんが(もちろん、本当はいけないと思いますが)、いちおう中央銀行の総裁ですので、言ったことは守らないといけません。

 しかし、守らなくても誰も何も言いませんので、言葉の受け手にも「信義は別に守らなくてもいいか」という意識が蔓延しているような気がします。

教会に利息を認めさせたオリーヴィ

 オリーヴィに話を戻しましょう。彼はキリスト教徒ですので、いわゆる体制の内部にいた人です。しかし、彼は資本論という当時のキリスト教の考え方とは相容れない考え方を主張しました。実際には『契約論』という書名らしいです。

 彼が何をしたかを述べる前に、それ以前の経済を確認しておくと、1050年頃から貨幣経済が一般化します。これは余剰農産物ができるようになったからです。

 当時、生産した農産物の一部は、貴族や教会に納めなければいけませんでした。その残りを自分たちが食べていたわけですが、その頃までは生産力が低いため、食べたら何も残りませんでした。

 ところが、余剰生産物ができ始めると、市場で何かと交換するようになります。ただ、野菜の余っている人が「洋服が欲しい」と言っても、市場に洋服を売る人が来ているかどうかは分かりませんし、その人が野菜が欲しいとは限りません。そこで、貨幣を用いて取引きがスムーズに行えるようにしたわけです。

 貨幣が使われるようになると、今度は「利息」という考え方が生まれます。たとえば、今日100万円貸して、1年後にそのまま100万円返ってくるだけだと、誰もお金を貸す人がいません。1年間で利息がまったく増えなければ、1年後に元本の100万円だけを返してくれる保障もありません。

 そこで、回収できない場合のリスクを考え、当時で10%程度の利息を課すようにしました。「100万円貸すので、1年後には110万円返してください」ということです。

 当時は教会が秩序を維持していましたので、約束はきちんと守られていました。守らないと教会に逮捕されるからです。教会は行政権、裁判権、徴税権などをすべて保有していましたので、 ・・・ログインして読む
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筆者

水野和夫

水野和夫(みずの・かずお) 日本大学国際関係学部教授

1953年愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。八千代証券(国際証券、三菱証券を経て現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)入社。金融市場調査部長、チーフエコノミスト、執行役員などを経て'10年退社。内閣官房内閣審議官などを経て、現在、日本大学国際関係学部教授。著書に『100年デフレ』『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞社、 のち日経ビジネス人文庫)、『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(日本経済新聞出版社)、『資本主義という謎』(共著、NHK出版新書)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)など多数。