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[4]ゼロ金利時代に求められる新たな実験

「資本主義のこれまでとこれから」(WEBRONZA×朝日カル連携講座)

水野和夫 日本大学国際関係学部教授

当時の小説で中世社会の現実を知る

 『21世紀の資本』は700ページもある本ですので、読むのはたいへんです。しかし、ピケティはいいところで『ゴリオ爺さん』の話を入れて、読みやすくしています。ちょうど「コーヒーでも飲むか」と思ったところに、『ゴリオ爺さん』が出てきて、「やっぱり読もう」といった感じになります。

 これは1835年にバルザックが書いた小説で、フランス革命が終わって40年以上たった頃の作品です。文無しの貧乏貴族ラスティニャックが、法律を学ぶために地方からパリにやってきます。フランス革命が終わって実力社会になりましたので、彼はいずれ検事総長になるという夢を抱いており、最終的にはそれが実現します。

 もちろん、それまでには紆余曲折があります。彼はほとんど文無しの貴族ですから、安下宿に住むのですが、そこにはヴォートランという人物がいます。彼は殺人を犯して服役し、ようやくシャバに出てきた人間です。

 彼はラスティニャックに、勉強して社会的成功を達成できるのは幻想にすぎないから、勉強なんかやめろと言います。そんなことより、金持ちの貴族の娘を紹介するから結婚しろと。しかし、その娘は妾腹の子なので、長男を殺さなきゃいけない。そこで、一緒に長男を殺して、その娘と結婚したあかつきには財産を何割かよこせというわけです。

 もちろん、ラスティニャックは断るから名作として200年間も読み継がれているわけで、一緒に殺人をしていたらエンターテインメント小説か何かで終わってしまったでしょう。

 結局、バルザックが言いたかったのは、フランス革命が終わって半世紀もたつのに、いまだに実力社会になってないじゃないかということです。

 ピケティは1700年からの経済について15年間も費やして調査したのですが、バルザックはリアルタイムに当時の問題提起をしている。だから、とても貴重なわけです。

 もう一つ、ピケティの本にはでてきませんが、当時の社会を知る上で貴重な小説があります。フィスの書いた『椿姫』です。中世社会で最も嫌われた職業の一つに娼婦がありますが、この作品はマルグリットという娼婦が主人公の物語です。

 当時嫌われていた3大職業があり、1つが商人=高利貸しです。もう1つが旅館、そしてもう1つが娼婦です。当時の価値観からすると、これらがワースト3でした。この事実をもとに書かれたのが大黒先生の『嘘と貪欲』です。当時の商人を表した言葉です。

 このことは大黒先生の著書に詳しく載っていますので、ピケティを読んだら、『嘘と貪欲』を読むことで、800年の歴史のスタート部分が押さえられます。どんな学びもそうですが、まずは現在をおさえて、現在の出発点をおさえることが非常に重要です。

 さて、『椿姫』の話ですが、この作品にも貧乏貴族が出てきて、マルグリットと恋仲になり、同棲生活を始めます。しかし、その父親は昔の価値観にしばられていますから、息子が娼婦と同棲しているなんて、世間体が悪くて仕方がない。だから、マルグリットに別れてくれと頼みます。

 その時、マルグリットは言い返します。あなたは自分たちが危険だと言うけれど、あなた方のような貧乏貴族とつきあっている自分の方がずっと危険だと。私はすでにパリの社交界で名を成しており、パトロンが何人もいるから、あなたの息子なんかとつきあわなければ優雅な暮らしができる。そうしないで息子さんとつきあっているんだと。この場面は、芸術家の鈴木忠志さんが演出する『椿姫』のクライマックスシーンになっています。

 この作品も、フランス革命のあとも相変わらず上流階級は昔のままで、一番見下されていた人が近代の理念を一番理解しているということを表しています。経済学は近代を前提にして学問なのですが、人間の心理を探究する文学者や芸術家はギリシャ神話の時代の人間の心理から現在まであらゆる時代を扱います。今後、経済学もこうした視点が必要だと痛感しています。

市民革命ではなく、エネルギー革命が近代社会を豊かにした

 ようするに、これらの作品を通じて、豊かな社会が生まれたのは市民革命によるものではないとピケティは言いたいわけです。

 中世社会では上位数%の人しか豊かな生活ができなかったわけですが、近代社会になると100人が100人豊かになりました。もちろん、そうでない人もいますが、とにかく先進国が豊かになったのは確かです。

 それは市民革命が実現したわけではなく、単に人間や動物が担っていた労働が、化石燃料に変わったからにすぎないと言えます。馬や牛に引かせていた荷物を、石炭や石油の力で運搬できるようになった。だから、フランス革命など起きなくても、動力革命さえ起きれば、そして実際に起きたからみんな豊かになったんだと。

 つまり、近代がわれわれを豊かにしたわけではなく、エネルギー革命が豊かにしたんだというわけです。従来はフランス革命の意義が強調されてきましたが、本当にフランス革命が豊かにしたかどうかは分からないという状況になってきたのだと思います。

 この前提に立つと、

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筆者

水野和夫

水野和夫(みずの・かずお) 日本大学国際関係学部教授

1953年愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。八千代証券(国際証券、三菱証券を経て現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)入社。金融市場調査部長、チーフエコノミスト、執行役員などを経て'10年退社。内閣官房内閣審議官などを経て、現在、日本大学国際関係学部教授。著書に『100年デフレ』『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞社、 のち日経ビジネス人文庫)、『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(日本経済新聞出版社)、『資本主義という謎』(共著、NHK出版新書)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)など多数。