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人民元の光と影が中国の悩みを浮き彫りにする

経済大国化へ進む中国は、同時に責任分担も迫られることになるだろう

小此木潔 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

欧米や日本との協調を進める力に

 国際通貨基金(IMF)が特別引き出し権(SDR)の構成通貨として人民元を採用したのを機に、人民元が世界の「主要通貨」の仲間入りをする。といっても、基軸通貨になるわけではないのだから、それを脅威と感じる必要もなければ、大騒ぎする必要もない。

 中国はこれで経済大国化への階段をまた一歩上ると同時に、国際社会での責任分担も迫られる。いわば主要通貨化がもたらす光と影によって、中国の政治・経済・社会が抱える苦悩も浮かび上がることになろう。

 それはまた、欧米や日本との協調を進める力ともなりうる。日本としては、世界経済にますます重きをなしてゆく中国の成長とそれに伴う矛盾と悩みを、隣人としてまた貿易パートナーとして、冷静に受け止めつつお互いを大いに利するような今後の経済交流のありかたについて思いを巡らせればよいのではないだろうか。

ホワイトハウス共同会見での習近平国家主席=2015年9月、ワシントン、ランハム裕子撮影拡大ホワイトハウス共同会見での習近平国家主席=2015年9月、ワシントン、ランハム裕子撮影

 中国人民銀行はすでに「人民元が加わればSDRの魅力が高まり、世界と中国双方を利する」との談話を発表した。SDRへの採用を当面の目標として、貿易決済などでの人民元の利用を増やす「国際化」を推進してきた中国にしてみれば、念願がかなったということになるだろう。

 しかしながら、国際銀行間通信協会が発表した今年8月の通貨別決済シェアをみると、貿易の資金決済に使われる通貨として人民元が日本円を初めて上回ったとはいえ、人民元は2・79%にすぎず、日本円の2・76%と似たり寄ったりの小さなシェアにすぎない。

 ドル、ユーロ、ポンドに次ぐ「第4の国際通貨」に躍り出たなどとジャーナリズムの世界では形容されるが、銀行が貿易に伴う支払いを保証する信用状発行での人民元のシェアを金額ベースでみても9.1%であり、ユーロ(6・1%)や日本円(1・8%)を上回る2位になったとはいっても、米ドルの80.1%に比べれば、とても基軸通貨の座をうかがう位置にあるなどとはいえない。

「アジアの代表的通貨」としての地位確保が目標

 そもそも中国の現実的な目標は、人民元をドルにとって代わる基軸通貨にすることではない。当面は、アジアにおける代表的通貨の地位を確保することであり、アジア地域での代表的通貨として、ドル、ユーロに対抗する準基軸通貨の地位をめざすことであろう。

 こうした戦略はすでに国際金融関係者の間では広く知られていた。かつては「アジア共通通貨」構想がアジア開発銀行などの会議の場で語られ、円と人民元を含むさまざまな通貨のバスケット方式で算出する「ACU(アキュ)」創設まで取りざたされたが、この数年間はまったく話題にならなくなった。「中国は、時間が経てばアジアの共通通貨は人民元になると考えているから、バスケット通貨など問題にしなくなった」と、専門家の間でささやかれているのである。

 共通通貨を人為的に作るうえで一時はお手本と考えられたユーロが経済危機のあおりで限界を露呈し、アジアでのバスケット方式は単なる空想で終わった感すらある。一方でアジア諸国は中国との貿易が増え続け、中国が世界最大の貿易国になったことで、人民元を決済通貨として、さらには外貨準備として使おうと考える国々が自然に増えてきた。

世界の基軸通貨にはなれない人民元

 とはいえ、人民元は世界の基軸通貨にはなりえないだろう。第一に、歴史的にみれば基軸通貨は覇権国家の通貨であった。第1大戦後まで基軸通貨であったポンドは、大英帝国の中心地・ロンドンの金融街があればこその世界貨幣だった。

 ロンドンの金融街がいかに世界の中心地として機能していたかは、ウォルター・バジョットの名著『ロンバード街』に描かれている。ポンドから基軸通貨の座を奪ったドルはもちろん、戦後の米国が抜きんでた経済力と軍事力、さらには世界の人々をひきつける文化の魅力を兼ね備えていたからこそ、世界中で使われてきた。

 ロンドンの金融街を上回るほどの資本市場を生み出したニューヨークのウォール街のパワーが、ドルの魅力をさらに増しているうえ、シカゴを中心に発達した穀物などの先物取引や、数学をふんだんに取り入れてさまざまな証券化の手法を組み合わせて進化してきたデリバティブ(金融派生商品)など、厚みのある金融・資本市場は世界の金融資本主義の中心としての地位を確立してきた。ドルの魅力とは、そのような構造に支えられているのだ。

 それゆえ、パクス・アメリカーナ(米国の力による平和)とすら形容された時代は終わりを告げ、多極化あるいはGゼロとすら呼ばれることもある混沌(こんとん)とした世界にあってもなお、米国はさまざまな点においてなお相対的にトップの実力を持ち、その通貨ドルは米国のリーダーシップに応じた評価をこれからも受け続けるであろう。この意味で、基軸通貨・ドルの座は向こう数十年、変わらないと考えるべきだ。

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筆者

小此木潔

小此木潔(おこのぎ・きよし) 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

上智大学教授。群馬県生まれ。1975年朝日新聞入社。富山、奈良、大阪、ニューヨーク、静岡、東京で記者をしてきた。近年は日本の経済政策や世界金融危機など取材。2009年5月から東京本社論説委員室勤務、11年4月からは編集委員も務め、14年4月から現職。著書に「財政構造改革」「消費税をどうするか」(いずれも岩波新書)、「デフレ論争のABC」(岩波ブックレット)。

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