スペインで消費増税の窮地を救った最先端テクノロジー
2015年12月04日
消費税率が上がる一方のスペインで、バルセロナのあるコメディー劇場が奇想天外なビジネスモデルを発案した。入場を自由(無料)にし、代わりに一人ひとりの「笑った回数」に応じて課金する「Pay per Laugh」(ペイ・パー・ラーフ=写真)である。
チケット代が高くなって激減していた観客は見事に戻ってきた。それを可能にしたのは最先端のIT。「上に政策あれば、下に対策あり」のスペイン版とは――。
2012年9月、スペイン政府は消費税の税率を18%から21%に引き上げた。それまで8%の軽減税率が適用されていた劇場の入場チケットも、恩典が廃止されて一気に21%に。当時のスペインは、ポルトガル、イタリア、ギリシャとともに「PIGS」(ブタ)と呼ばれる不良債権国で、財政がひっ迫していた。
バルセロナでコメディー劇場を経営する「シアター・ニュー」は、この2.5倍の増税のせいでお客数が1年間に30%も減った。市内の劇場はチケット値下げ競争に走り、平均20%も下落して収入は半減した。
危機感の中、「シアター・ニュー」が考案した対策が「Pay per Laugh」だ。入場はチケットなしの無料にし、代わりにお客は1回笑うごとに30セントを払う。80回笑って24ユーロの上限に達すると、それ以上は笑い放題になる。消費税は入場の際には発生せず、笑った回数に応じて払う料金にかかる。
笑った回数を一人ひとりどのようにカウントするのだろうかー―ここで活躍するのが、最新のインターネットと人工知能、ビッグデータ処理の技術である。
劇場のすべてのシートの背中にはタブレットが1台ずつ取り付けてある。お客が座ると、目の前のタブレットが顔の輪郭や表情をデータとして捉えてサーバーに送る。舞台が始まると「表情認識技術」が働き、お客が笑うたびに人工知能が判断してカウントする。タブレットには、その人の笑った回数と料金の合計額が常時表示され、お客は帰り際に払う。
笑いの認識は、例えばオリンピック会場のような大観衆が集まった画像の中から笑っている顔とそうでない顔のサンプルをたくさん選び出し、その特徴をコンピューターに学習させることで可能になる。サンプル数が多いほどコンピューターの正答率(識別率)は向上する。
「シアター・ニュー」は、この工夫で観客数を35%も増やすことに成功し、増税による窮地を脱した。市民は喜々として劇場に入り、30セントが加算されるにもかかわらず笑い転げる様子は、実に楽しそうだ。「Pay per Laugh」の動画は次のURLで見ることができる。
ふつう劇場は入場チケットの販売収入で成り立っている。しかし、「シアター・ニュー」のビジネスモデルでは、劇場の売り上げはその日の舞台の出来いかんにかかっている。つまらなければお客は料金を払ってくれない。
役者も脚本家も毎日が真剣勝負である。「人を笑わせてなんぼ」というコメディーの本質を追求するこの発想を、英紙「ザ・ガーディアン」は「天の啓示」と表現した。
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