米国を模倣することが多かった日本の政治経済 米大統領選の中身の精査は依然重要だ
2015年11月23日
米国の次期大統領選挙(2016年11月8日・火曜日)まで、満1年を切った。民主党・共和党の候補を選ぶ各州での一連の予備選挙が、両党共に、2016年2月1日・月曜日のアイオワ州党員集会で始まるのを前にして、米国では、その前哨戦が、全米各地の演説会、大手マスコミの主催する候補者の公開討論会などでにぎやかな様相を呈している。
この米国の大統領選挙の社会経済的な背景を考えるのは、現在の日本の社会経済問題と重なる点が多く、非常に興味深いものである。
民主党、共和党に共通するのは、米国の指導的な既得権層(エスタブリッシュメント)、大手マスコミの前哨戦開始前の下馬評とは、大きく異なる展開になっていることである。
共和党では、今年6月の正式な立候補表明時には、冗談半分と、真面に扱われなかった不動産王のドナルド・トランプ氏(69)が、世論調査では他の候補達を引き離して、首位を走る展開になっている。トランプ氏を追い上げていた元外科医のベン・カーソン氏は、陸軍士官学校への奨学金を獲得したとの主張がウソであったことを認めて失速した。
言論での自由・民主主義の政治を標榜(ひょうぼう)する米国では、政治家のウソは、政治生命の上では、致命傷である。
民主党では、ヒラリー・クリントン元国務長官(68歳)がメール問題(長官在職時に、私用のメールを公用に使ったスキャンダル)などで、下馬評程の支持を集め得ていない。一時は、バイデン副大統領の出馬が取り沙汰された程であったが、同氏は立候補を取りやめた。
クリントン氏の3分の2程の支持率を集め、上げ潮に乗っているのが、バーニー・サンダース上院議員(74)である。同氏は、米国の連邦議会議員では珍しく、民主社会主義者を自称している。このサンダース氏の支持者層をも取り込もうと、クリントン氏の主張は, 社会保障などを重視する社会民主主義の色合いを濃くしていると指摘する向きもある。
トランプ氏とサンダース氏が善戦している背景には、米国の国民の多くが、エスタブリシュメントと、そのエスタブリシュメントが仕切って来た米国社会経済に対し、大きな不満を抱いていることがある。
まず、トランプ氏のスローガンは、「Make America Great Again!」 と分かりやすい。アメリカの偉大さ、アメリカン・ドリームを取り戻そうと言う訳である。既存の政治家は、政治献金を武器とする金権政治に振り回されて、米国にとってはアホな 決定(内政、外交、軍事など)ばかりして来た無能な集団であるとこき下ろす。自分(トランプ)はビジネス上の大成功者、大金持ち、最も有能なので、政治献金は一切受け取らず、米国と有権者の利益だけを考えて行動でき、大統領になるには最もふさわしい、と。
トランプ氏の主張の中で、最も出色なのは、2001年の9・11事件以降の米国の外交・軍事政策の大失敗に対する明解な批判である。米国は、2兆ドル以上の戦費を掛けながら、中東を不安定な混乱に突き落としただけであるともいう。イラクのサダム・フセイン大統領、リビアのカダフィ大佐を温存して置いた方が、中東は安定し、米国の国益にもかなったはずだと。これは、民主党、共和党のエスタブリシュメントの中の政治家には言えないことである。
しかも、こんな大金を浪費している内に、米国の道路、橋、空港などの社会的なインフラは、貧乏な第三世界並みにガタガタになってしまった。中国などの新興経済諸国のピカピカの空港から米国に帰ると、このままでは、アメリカン・ドリームは死んだ、と実感するというのがトランプ氏の主張である。
民主党のサンダース氏の主張も、最近30年余りで大きく拡大した経済的な不平等を、社会的不正義として取り上げ、それを是正するための民主社会主義的な社会保障政策などの構築を真正面か取り上げ、米国の大多数の有権者の心の琴線に触れていると言えよう。
米国の多くの世論調査では、スウェーデンなどの北欧型の社会保障が充実した社会体制を 望む声が過半であるのが実情である。
米国の2015年10月分の雇用関連の統計の公式推計値によると、非農業部門雇用数は前月比で27万1千増、完全失業率は5・0%、補正(広義)失業率は9・8%であった。
補正(広義)失業率が9・8%であったということは、1億5702万8千の労働力人口の内で、790万8千が、全く職がなく(完全失業者)、更に、753万7千が、フル・タイムの職が見つからないので、パート・タイムの職、不完全就労状態で我慢させられている状況ということである。
しかも、労働力参加率は62・4%と、1977年10月の水準にまで低下したままである。労働参加率のピークは、2000年1月~4月期の67・3%であった。
このピーク水準から4・9ポイントもの下落は、ベビー・ブーム世代の引退だけでは説明がつかない。上記の2000年初めのピーク期から、25歳~54歳の現役世代の労働力参加率も、84・4%から、先月の80・7%へと3・7ポイントの低下を見ただけではなく、その傾向とは反対に、55歳以上の世代の労働力参加率は、32・3%から39・8%へと7・5ポイントもの上昇を見ている。仕事が見つからないので諦めて労働力市場から退出している現役世代が増えていると同時に、低賃金でも働かざるを得ない高齢者世代が増えていると解釈できよう。
上掲グラフは、米国の名目・実質週給の中位数の水準の1979年第1四半期以降の推移を、男女両性、男女別に表示したものである。
1980年から2015年の35年もの時間をかけても、男女両性の実質週給の中位数の水準は、6・6%しか上昇していない。要するに、見事に横ばいで推移して来た訳である。
では、米国経済は、1人当たりでは、全く豊かにならなかったかと問えば、下掲グラフに示されているように、答えは全く反対である。1980年以降の35年間に、米国経済の1人当たり実質GDPの水準は、79・4%もの上昇を見ているからである。
6・6%と79・4%の差である70ポイント余りは、実質週給の上位層か、労働賃金としては配分されない資産所得などとして偏って配分されていると言えよう。
要するに、米国経済は成長しても、その果実の分配は、所得・資産の上位層に大きく偏って来た訳である。2011年秋のOccupy Wall Street運動以降では、米国の資産分布が、1980年代初頭以降の自由化を標榜した時期に、極端に不平等になったことが、連邦政府の税務データなどを駆使した議会、行政府、学界などの諸研究で明らかにされている。
米国の全資産の23%は上位0・1%の階層、43%は上位1・0%の階層、80%近くは10%の階層、残りの90%の下位の階層が、20%ほどを細々と分け合っている構図である。
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