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[19]60代はゴルフ黄金期(上)

70代になった今だから言えること

山口信吾 ゴルフ作家

ゴルフ人生には4つの「期」がある

 これまでの28年間のゴルフ人生を振り返れば、「会社ゴルフ期」「クラブライフ満喫期」「ゴルフ黄金期」「ゴルフ円熟期」に分けることができる。それぞれの「期」について詳しくお話ししたい。

 43歳のとき、得意先の勧めでゴルフを始めた。それからの6年間が、「会社ゴルフ期」である。高度経済成長の真っただ中で多くのプロジェクトがあり、多忙な日々を過ごしていた。仕事の関係先とゴルフをする機会が多く、会社の先輩や同僚ともしばしば懇親ゴルフをしていた。得意先や会社の先輩の筋金入りゴルファーから、ラウンドでの心得を厳しく教わった。接待ゴルフは企業人としての素養を身に付ける機会でもあったのだ。

 49歳のときに、会社の先輩から、「ぼくの財産は所属するゴルフクラブの友人たちだ。定年になってあわててゴルフクラブに入っても遅い。親しい友だちを得るには10年はかかる」と聞かされた。定年までちょうど10年だったこともあり、この言葉は心に響いた。さっそくいろいろと調べて、大阪府北部にある評判のよいゴルフクラブに入会した。それから定年までの11年間が、「クラブライフ満喫期」である。

 入会して最初にもらったハンディは17。付き合いゴルフだけでもそれなりの腕前に達していたのだ。ひとりで出かけて他の会員と回ったり、月例杯などの競技会に出場したりするようになった。2年後、51歳のときに「研修会」に入会したのが転機となった。ネットスコアが72を1打超えるごとに500円の罰金が科される真剣勝負で、上級者と切磋琢磨するようになってメキメキ腕を上げた。

 53歳のときに、ひょんなことからスコットランドを訪れて、「リンクス」と呼ばれる、海沿いの起伏に富んだ自然のままのコースを巡った。野趣あふれるリンクスにすっかり魅了され、毎年、リンクス詣でをするようになった。日本からロンドン経由で16時間かけて英国やアイルランド各地に向かう。目的地の飛行場でレンタカーを借りて、1500キロ余の距離を移動しながら、連日歩いてゴルフをする。一日のうちに2カ所のコースを巡ることもあった。

 リンクスの密集したラフに打ち込めばロストボール必至。背丈より深いバンカーに打ち込んで、ボールが垂直の壁に接していれば横に出すしかない。厳しいリンクスで大たたきをして打ちのめされても、不思議に「なにくそ!」と勇気が湧いてくる。「来年こそは納得のいくプレーをする」と固く誓って帰国し、一層精進するようになった。リンクスは「聖なる道場」になったのだ。

 日々精進の甲斐あってハンディ10の腕前になったが、そこで上達がぱったり止まり、どうしてもシングルの壁を破れない。シングルを目前にしての足踏みは長く続いた。57歳になったころ、「還暦までにシングルの壁を破る」と一念発起した。「研修会に入れば誰でもシングルになれる」と言われたにもかかわらず、シングルの壁をどうしても破れないことが悔しくてならなかったのだ。

 ちょうどそのころ三浦佳世子プロの指導を受けるようになったのを機に、仕事の経験を生かして、1週間単位のスウィング改善サイクルをまわすようになった。1週間ごとに三浦プロにスウィングをチェックしてもらって、指摘された課題を持ち帰って、スウィングとショットの因果関係を探りながら練習に励み、その成果を週末にラウンドで試すようになったのだ。1週間単位のスウィング改善サイクルの効果はてきめん! 長年の停滞を脱してずんずん上達し、三浦プロの指導を受け始めてから2年後、還暦まで6カ月を残して、シングルの壁を破ってハンディは9になり、さらに半年後に8になった。「クラブライフ満喫期」の掉尾(ちょうび)を飾ったのが、まさにシングルの厚い壁への挑戦であった。

「ゴルフ黄金期」を謳歌

 60歳で定年退職してからの10年間が、「ゴルフ黄金期」である。シングルの壁を破ってからは、自信をもってプレーするようになった。調子が良ければバックティーから回っても70台のスコアが出る。ますますゴルフが面白くなり、ラウンド数も年間70回を超えるようになった。研修会でも好成績を出していたし、クラブ選手権をはじめとする三大競技にも積極的に参加していた。

 定年退職してからは、1カ月の長いリンクス旅を始めた。2004年から、エディンバラ東郊にあるガラン(Gullane)というゴルフの街に、小さな家を借りて滞在するようになった。3つのコースがあり練習環境が整っているガランGCへ歩いて行ける絶好の場所だ。ガランに滞在するうちに、何人かの地元のゴルファーと親しくなった。ホームコースに招かれて一緒にプレーするようになり、スコットランド流のゴルフの楽しみ方を教わった。親しいゴルフ友だちが待っていてくれるガランは、今や第二の故郷である。

友人のデービッド(左から2番目)にガランGCに招かれてフォアボールを楽しんだ。デービッドはベストハンディ0の凄腕ゴルファー拡大友人のデービッド(左から2番目)にガランGCに招かれてフォアボールを楽しんだ。デービッドはベストハンディ0の凄腕ゴルファー

 62歳のときに、気心の知れた5名のゴルフ友達に声をかけて「二木会(もくもくかい)」と名付けたスコットランド流のマッチプレーを楽しむゴルフ会を立ち上げた。いずれもゴルフが好きでたまらない親しい仲間だ。今では少し人数が増えて、3組の夫婦を含む12人が参加している。

 毎月1回、西宮高原GCにおいて例会を開催し、4月には丹波で花見ゴルフ、5月には大阪GCで新緑ゴルフ、11月には加賀へ紅葉ゴルフ旅をしている。日本には世界に誇る変化に富んだ素晴らしい四季がある。四季の変化を鋭敏にとらえる感受性は、日本文化を花開かせてきた。ところが、都市化が進んで季節の移ろいを実感しにくくなっている。そこで、ゴルフだけでなく、訪れた土地ならではの四季の恵みを丸ごと楽しむのだ。

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筆者

山口信吾

山口信吾(やまぐち・しんご) ゴルフ作家

1943年、台北市生まれ。九州大学工学部建築学科を卒業後、同大学院を修了。69年、竹中工務店に入社。72年に渡米し、ハーバード大学デザイン大学院修了後、米国大手設計事務所に勤務。75年に帰国して竹中工務店に復帰。一貫して都市開発プロジェクトに従事。2004年の定年退職後はゴルフ作家として活動している。43歳でゴルフを始めた遅咲きゴルファー。ベストハンディキャップ8。97年以来、毎年のように英国の海岸地帯の「リンクス」と呼ばれる自然のままのコースを巡る。『定年後はイギリスでリンクスゴルフを愉しもう』(亜紀書房)、『普通のサラリーマンが2年でシングルになる方法』(日経ビジネス人文庫)、『死ぬまでゴルフ!』(幻冬舎)など著書多数。自身のブログはhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~single 【2016年3月WEBRONZA退任】

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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