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「マタハラ」問題解決を阻む雇用の規制緩和

「会社の言うままに残業や転勤を引き受ける働き手こそ正しい」という労働者像の転換を

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

 マタニティー・ハラスメントがようやく社会問題として注目を浴び始め、11月には厚生労働省が初の実態調査を発表した。調査から見えてきたのは、現在政府が進める雇用の規制緩和策がマタハラをさらに促進しかねない現実だ。

派遣という働き方が誘発

 今回の調査では、妊娠・出産した派遣社員の48%が「マタハラを経験したことがある」と回答し、正社員の21%を上回った。非正社員の立場の弱さが原因とばかりは言い切れない。同じ非正社員でも、契約社員は13%、パートタイマーは5%と、正社員よりも経験者の比率が低いからだ。

厚生労働省が1月に出したマタニティー・ハラスメントについての通達厚生労働省が1月に出したマタニティー・ハラスメントについての通達

 それではなぜ派遣社員に被害が集中するのか。それは、派遣社員が一時的な即戦力の労働力とみなされ、人間につきものの妊娠や出産などがありうる存在であることが忘れられがちだからだろう。

 派遣社員の27%が「妊娠を理由とした契約打ち切りや労働者の交代」を経験しているが、これは、不要になったら派遣会社に戻せばいいとされる派遣の働き方に根ざした問題といえそうだ。

 私自身、ある女性の派遣社員から、派遣会社に妊娠を告げたら契約を打ち切ると言われ、中絶を決意した、と聞かされたことがある。夫は契約社員で、二人で働かなければ生計を維持できなかったという。派遣会社は「妻が妊娠したら仕事をやめても大丈夫なよう稼ぐのが夫の役目」と説教するばかりで育児休業を認めようとしなかった。「必要な時だけ調達するモノに、妊娠などないということか」と彼女は言った。

 加えて、派遣社員が「派遣会社の社員」であって、派遣先の企業の雇用責任が免除された存在であることも、妊娠への「迷惑意識」を増幅する。今回の調査ではマタハラの中身として「迷惑だ」「辞めたら」といった上司などの発言が47%と一位を占めたが、派遣は特に、こうした発言を誘発しやすい働き方といえるだろう。

「標準労働者」像からの逸脱

 一方、派遣に続き二位となった正社員の場合は、「正社員=転勤も残業も会社の言うままに引き受ける存在」という規範がマタハラの温床になる。

 1980年代の半ば頃まで、働き手のほとんどは男女問わず正社員だった。男女雇用機会均等法が制定された1985年の女性の正社員比率も、7割近くを占めていた。このころ、転勤や残業は必ずしも正社員の必須条件ではなかった。

 正社員が圧倒的多数だったため、定年まで転勤しない正社員は男女問わず結構いたからだ。だが、非正規労働者の増加にともなって正社員と非正社員との待遇差の理由を説明する必要に迫られ、持ち出されたのが「転勤や残業を制約なしに引き受ける働き手=正社員」という読み替えだった。その結果、妊娠・出産で残業や転勤が難しい社員であることへの風当たりは、むしろかつてより強まっている。こうした状況を変えないまま、ワークライフバランスが大切だからと母親社員の転勤や残業を「免除」するやり方が、周囲の同僚の不公平感を産む。

 その一例が、ある大手メーカーの社員の妻から聞いた苦情だ。夫の会社は仕事と子育てを両立できるワークライフバランス企業を目指して出産する女性社員の転勤を免除している。出産する女性が増え、そのあおりで夫に頻繁に転勤が回ってくることになった。夫について行くため、違う会社に勤めていた自分が仕事をやめなければならなくなった。同じ女性なのに、夫の企業の社員ではない彼女のワークライフバランスが犠牲にされたというのだ。

 この妻の体験は、転勤や長時間労働は正社員の義務という基準を変えないまま出産女性を例外扱いした結果の歪(ゆが)みだ。厚労省調査では、直属上司からだけでなく、同僚、特に女性の同僚からのマタハラ発言が多いことが明らかにされたが、それは、正社員なら転勤や残業を引き受けるものとされ、その基準が女性にも適用されるようになった今の社会の落とし子だ。職場の標準労働者像は残業や転勤をする人、という規範の強化が、それができない出産女性への排除と嫌がらせを増幅しつつあるのだ。

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