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軍需産業にてこ入れしようとする政財界と大学

「業績になるなら何でも是認する科学・学術」へと向かうのであれば道を踏み外している

島薗進 上智大学神学部教授、同大学グリーフケア研究所所長、東京大学名誉教授

経団連の「提言」

 2015年の9月10日、経団連の榊原会長は「防衛産業政策の実行に向けた提言」の発表を前に、記者会見を行った。

経団連の榊原定征会長拡大経団連の榊原定征会長

 実はこの「提言」の日付は9月15日である。経団連が「提言」の日付に5日先立つ9月10日に記者会見を行ったのはなぜか。

 集団的自衛権の容認を含む自衛隊の海外での活動の拡充のための安保法制をめぐって、参議院での審議が紛糾するさなかのことである。国会をめぐる連日のデモは白熱し、世論調査では法案賛成者は少数だった。

 9月14日の『朝日新聞』は、同社が12、13の両日に行った世論調査の結果を報道している。それによると、安倍政権が今国会で成立させる方針の安全保障関連法案に「賛成」29%、「反対」54%。与党は17日を軸に法案成立をめざすが、いまの国会で成立させる必要が「ある」は20%、「ない」は68%。国会での議論は「尽くされた」11%に対し、「尽くされていない」は75%である。

 法案は9月17日に参議院の特別委員会で、9月19日の午前0時10分に参議院本会議で可決された。世論調査では大差をつけて反対が多かったが、安倍内閣と国会に多数の議席をもつ政党の意志で押し切ったものである。

 経団連の「防衛産業政策の実行に向けた提言」は、このような世論を十分に意識しながら、安保法案にそって国が積極的に武器輸出に乗り出すことを求めたものだ。「提言」の日付に先立って記者会見を行ったのは、法案成立とほぼ同時というのではあまりにタイミングが悪いと考えたためか。いずれにしろこの法案に世論の支持がないことを、財界が十分意識しつつ、その法案に便乗するように武器輸出提言を押し出そうとしたのは隠しようがないところだ。

武器輸出をめぐる世論

 では、武器輸出をめぐる世論はどうか。政府が「武器輸出三原則」による制限を緩和し、「防衛装備移転三原則」への転換を打ち出すのは2014年春のことだが、それに先立つ2月22、23日に共同通信社がおこなった世論調査では、「武器輸出三原則」緩和への反対は66.8%、賛成の25.7%を大きく引き離した。

 配信記事はこう伝えている。「緩和反対は、与党支持層でも多数を占めている。自民で55・8%、公明では79・7%に達した。緩和賛成は自民で36・9%あるが、公明は6・6%しかない。民主でも賛成が16・7%だった点を考えると、公明支持層の反対姿勢は際立っている」

 政財界は世論の支持がないことを承知で、強引に武器輸出を進めようとしている。一方、支持者がそれに反対している公明党は、政財界の武器輸出方針を認めている。民主政治が機能していないことは明らかだが、このような政策と世論の間に大きなギャップが生じている理由は多面的に考えてみる必要がある。

 財界は国民に対して説得力のある議論が出来ていないのだが、その理由は何か。

 武器輸出に力を入れるということは、当然のことながら外国の軍事力の強化に貢献することを目指すことになる。「提言」では「自衛隊の活動を支える防衛産業」がその力を維持していくために国際的な協力が必要だという理由を主たるものとしてあげているが、これは積極的に武器輸出を奨励する理由にはならない。

 他方、「わが国と価値観を共有する民主主義国」との協力をあげているが、これは海外の敵対関係に武器面から関わっていく可能性を示唆するものではないか。もちろんこれも多くの国民が望むところではない。平和憲法に従って、専守防衛の枠を超えないという理念を多くの国民が支持している状況の下で、これを打破するに足る有効な議論を構築できていないと見るべきだろう。

急ピッチで進む「軍学共同」

 「提言」に見られるように、この問題に経団連が積極的に発言していることは、国家と財界が強く連携していることを露わにしている。財界は国際競争がますます熾烈となる産業界の趨勢の中で、新たな国家の支援を得ることを強く求めており、防衛産業はその格好の分野と見ている。

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筆者

島薗進(上智大学神学部教授、同大学グリーフケア研究所所長、東京大学名誉教授)

島薗進(上智大学神学部教授、同大学グリーフケア研究所所長、東京大学名誉教授)(しまぞの・すすむ) 上智大学神学部教授、同大学グリーフケア研究所所長、東京大学名誉教授

1948年生まれ。専門は宗教学。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京外国語大学助手・助教授などを経て、東京大学文学部(大学院人文社会系研究科)宗教学宗教史学科教授を経て現職。 主な著書:『現代救済宗教論』(青弓社、1992)、『精神世界のゆくえ』(東京堂出版、1996、秋山書店、2007)、From Salvation to Spirituality(Trans Pacific Press, 2004)、『いのちの始まりの生命倫理』(春秋社、2006)、『国家神道と日本人』(岩波書店、2010)、『日本人の死生観を読む』(朝日新聞出版、2012)、『つくられた放射線「安全」論』(河出書房新社、2013)、『日本仏教の社会倫理』(岩波書店、2013)、『倫理良書を読む』(弘文堂、2014)

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです