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イラク戦争について「謝罪」したブレア元英首相

「情報は間違っていた」が、開戦の決意そのものは「後悔せず」

小林恭子 在英ジャーナリスト

  今年10月25日放送の米CNNテレビによるインタビューで、イラク戦争(2003年)開戦時に英首相だったトニー・ブレア氏が戦争について「謝罪した」。

  英国内外で大きなニュースとして報道された。開戦から12年が経過したが、イラク戦争は、英国民にとっては忘れようにも忘れられない汚点が付く戦争だ。国民の側には当時の政治家が国際法を無視し、米英主導で始まった違法な戦争という認識がある。

 「うそつきブレア」という悪名がついたブレア氏がその責任について、国民に明確に謝罪したことはなかった。同氏の謝罪発言と、イラク戦争が現在の英国政治に落とす影に注目してみた。

「シリア空爆はイラク戦争のようになる」

 12月2日、英国下院は10時間を超える討論の末に、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS、あるいはISIS)討伐のためにシリアへの空爆を決定した。ウェストミンスター議会の周辺では空爆反対の抗議デモ参加者がプラカードを掲げて「空爆を止めろ」と叫ぶ中での可決だった。可決から間もなくして、英空軍がシリア内のISの拠点への攻撃を開始した

 討議に入る前に、キャメロン首相は空爆に賛成しない議員は「テロの同調者だ」と感情的な表現を使って非難し、野党・労働党のヒラリー・ベン影の外相が「ファシストと戦うために立ち上がるべきだ」と熱弁をふるった。ジェレミー・コービン労働党首などの反対派の声はかき消された。

 討論では賛成、反対それぞれの立場の議員たちがその理由を披露したが、賛成派がひんぱんに使った表現が「これはイラク戦争ではない」。逆に反対派は「イラク戦争のようになる」と警告した。「イラク戦争のように」とは、軍事介入後の明確な計画を持たずに突入し、収拾がつかない混乱状態となることを意味する。

「政治家にうそをつかれた」戦争

英国のブレア元首相。2015年10月25日、イラク戦争への参加について間違いがあったと謝罪した=写真は6日撮影拡大英国のブレア元首相。2015年10月25日、イラク戦争への参加について間違いがあったと謝罪した=写真は6日撮影

 多くの国民が忘れていないイラク戦争。「違法な戦争に巻き込まれた」、「政治家にうそをつかれた」という思いが共有されている。

 「うそ」とは、開戦前にブレア政権が強調し、メディアによって増幅されたイラクの脅威だ。「イラクのフセイン政権は大量破壊兵器を持っている」「45分間で実働装備できる」という表現が新聞の見出しやテレビのニュースで紹介された。

 「45分間で」というのは、いかにも恐ろしい。ところが、開戦後しばらくすると、想定されていたような大量破壊兵器はなかったことが判明した。同盟国米国と歩調を合わせるために、時の政府がイラクの脅威を故意に強調した、つまりはうそを言ったのではないかという疑念が強まった。

 戦前には100万人単位の反戦デモが何度か発生し、こうした声を押し切っての開戦となったことも、一部の国民の反感を買った。03年5月に大規模戦闘が終了したイラクでは、異なる宗派の住民同士による戦いが発生し、状況が泥沼化している。2009年には駐留英軍がイラクから撤退したが、この時までに、179人の英兵が戦死した。

戦争を検証してきた三つの独立調査委員会

 イラク戦争とはいったい何だったのか?いったい何故不正確な諜報情報を元に戦争がはじまったのか。真実を知りたいという国民の声を受けて、これまでに複数回にわたり、大規模な調査が行われてきた。政府が立ち上げた「独立調査委員会」(外部から選んだ人材と税金を使って、政府から独立した立場から問題を調査する委員会)だけでも、三つある。

 最初の一つが2003年7月に設置された「ハットン調査委員会」で、政府がイラクの脅威を故意に誇張したかどうかを検証した。2004年2月の報告書は、「誇張はなかった」と結論付けたが、ほとんどのメディアがこれを批判。左派系高級紙「インディペンデント」は1面に「ホワイトウォッシュ(ごまかし)」と書いた。

 二つ目が諜報情報の正確さを精査した「バトラー委員会」で、2004年7月に報告書を出した。イラクへの攻撃が「ほかの国よりも緊急であった証拠はなかった」、「45分の箇所を裏付ける十分な情報がなかった」など、開戦の前提となった情報の不正確さを指摘した。

 2010年からは、開戦にかかわる政治事情を検証する「チルコット委員会」(正式名称は「イラク調査」)が調査を行ってきた。

 調査は2012年に終了しているが、現在まで報告書は出ていない。来年夏には出る見込みとなっている。

 チルコット報告書ではいよいよ、ブレア元首相の政治判断が大きな批判の対象となるのかどうか、ブレア氏は何らかの謝罪に追い込まれるのか、これが大きな焦点だ。

 もしブレア氏が「イラクの脅威を誇張して開戦に持ち込んだことは、大変申し訳なかった」と述べ、英軍の戦死者が出たことを詫びて「イラクの治安情勢が悪化したことに責任を感じる。許してほしい」と言ってくれれば、国民は次に進める。戦死した息子や娘を持つ遺族は死が無駄ではなかったと解釈し、心を静めることができる。

 しかし、これまで、ブレア氏は国民が望むような形では謝罪をしてこなかった。これでは国民は、遺族は前に進めない。

 ところが、10月26日放送の米CNNテレビによるインタビューで、ブレア氏は「謝罪した」という。

 中身を見てみると、諜報情報が間違っていたことについては謝罪し、ISの勃興には一定の責任があることを認めたものの、フセイン政権を崩壊させたこと、つまりはイラク戦争そのものについては謝罪しなかった。

 これまで、公の場でのブレア氏のイラク戦争についての言及を見ると、「謝罪する」(アポロジャイズ)という言葉そのものをほとんど使っていない。今回のCCNのインタビューはこの言葉をストレートに使ったという意味で新しく、イラク戦争後の泥沼化への責任やこの戦争とISとのリンクを明確に認めた点も珍しい。しかし、真っ向からイラク戦争を謝罪したわけではなかった。

「諜報情報が間違っていたことを謝罪する」

 具体的に、どのような謝罪を行ったのか。CNNの動画から、該当部分を紹介してみたい。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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