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シャープ救済 〝不作為の罪〟が事態を深刻化

「処方箋」が実はすでに3年も前にあったが、先送りされた

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

経産省内で浮かんだ有力な救済策

 経済産業省が設立した官製ファンドの産業革新機構が、経営難の電機大手シャープの〝救済〟に乗り出す見通しになった。経営に失敗した私企業の救済に公的資金が投入される是非もさることながら、浮かび上がるのはシャープ救済の「処方箋」が実はすでに3年も前にあった、ということである。経産省やメーンバンク、さらにはシャープ経営陣ら利害関係者がここまで先送りしてきた〝不作為の罪〟が事態を深刻化させたといえる。

報道陣の取材にこたえる産業革新機構の志賀俊之会長=2015年12月拡大報道陣の取材にこたえる産業革新機構の志賀俊之会長=2015年12月

 シャープの経営問題に経産省が関心を寄せるようになった大きなきっかけは、経営難の同社が世界最大手の電子機器製造受託メーカーである台湾の鴻海(ホンハイ)と業務・資本提携をすると発表した2012年3月以降のことである。

 この年の7月にシャープなどの担当課長(情報通信機器課長)に荒井勝喜氏が就任すると、経産省の動きは本格化する。荒井氏は直近まで米国に勤務した経験があり、米国を始め、先進各国が自国内の主要産業については積極的な育成策を図ることに深い関心を示していた。

 同じころ、同省の安達健祐事務次官、立岡恒良官房長ら省内実力者もシャープの経営状況を危惧し始め、財務省の神田真人経産担当主計官も「何かやるべきではないか」と経産省を後押ししてくれたことで、経産省主導のもとシャープ再建策が立案されつつあった。

シャープ栃木工場で液晶テレビのチューナーや回路を取り付ける生産ライン=2015年11月、栃木県矢板市  拡大シャープ栃木工場で液晶テレビのチューナーや回路を取り付ける生産ライン=2015年11月、栃木県矢板市

 このとき省内で浮かんだ有力な救済策が、経産省が肝いりで設立した官製ファンド、産業革新機構の活用だった。

 当時取材していた私のメモには、「シャープの液晶部門(亀山工場)を切り離して革新機構がニューマネー(資本)を入れる。そのうえで(革新機構が出資している)ジャパンディスプレイにくっつける」とある。この案を披露してくれた同省の幹部は「経産省が使えるツールは革新機構しかない。強い液晶会社をつくるということだから(シャープという)弱者救済ではない」と主張していた。

 しかし、当の革新機構がウンと言わない。当時、革新機構は、国内の液晶メーカー再編の絵を描いて、日立製作所、東芝、ソニーの中小型液晶部門を統合したジャパンディスプレイを設立したばかり(このときに革新機構がシャープにも打診したが断られ、それが遠因になって関係がぎくしゃくしたという説もある)。

 さらに米買収ファンドのKKRが、経営不振の半導体大手ルネサスエレクトロニクスの買収をしかけたところ、革新機構がトヨタ自動車などと組んでルネサスをさらう逆転決着をした記憶が生々しかった。このとき民間のファンド業界から「官業による民業圧迫」などと革新機構への批判が渦巻き、同省内にも「やりすぎではないか」と同調する声が広がった。

「フレームワーク派」と「ターゲティング派」

 かつて「ノトリアスMITI」(悪名高き通産省)と言われてきた経産省は戦後長らく、官主導の産業政策を展開し、過当競争の民間企業を再編する「脚本」を手がけてきた。そうした手法がやがて日米通商摩擦の過程でやり玉に挙がるとともに、サッチャー・レーガンの自由主義的な経済政策が一定の成果を出すと、「個々の業界や企業の再編にくちばしをはさむのではなく、自由に競争できる制度を設計するのが自分たちの本来の職務」という思潮が台頭してきた。

 それが「フレームワーク派」(制度派)呼ばれる官僚の一群だ。後に村上ファンドを創設する村上世彰氏や脱藩官僚として名をはせた古賀茂明氏らが、そうした思潮の代表格だろう。

 こうした新思潮に対して、個別業界や個々の企業を強化育成するという、伝統的な産業政策をとる考え方を「ターゲティング派」(介入派)という。

 1990年代以降、ターゲティング派的な思潮は、「後進国が先進国にキャッチアップするための産業政策」(経済学者の池田信夫氏)とみなされ、省内でも一時、やや時代遅れの考え方と受け止められてきた。しかし、バブル経済崩壊後の不良債権処理の過程で、業界再編を強く促す介入派的な思潮が再び省内で台頭。荒井氏はこうした思潮の新世代の旗手の一人ともいえる。

 難しいのは、介入派・制度派ともに必ずしも属人的に固定したものではなく、時代思潮の流行(はや)り廃りやその人がたまたま就いたポストによって頻繁に変動することだ。

 かつてダイエーの経営危機の際には経産省主導で再建の絵を描いた石黒憲彦氏だが、同省の要のポストである経済産業政策局長に就くと、シャープという個別企業に肩入れしたととられかねない政策に躊躇するようになった。

 当時の私の取材に対して「企業が自身のリスクでやったことでしょう。それを苦しくなったからといって役所が買い取るなんておかしい」と言っていた。同様に経産省で革新機構の生みの親である西山圭太審議官も、革新機構がジャパンディスプレイにすでに出資していることを踏まえ、「独占禁止法の問題がある」と終始、冷ややかだった。

 安倍晋三首相の秘書官に起用された柳瀬唯夫氏は介入派的な考え方に理解を示し、自民党が政権に復帰した2012年の公約「Jファイル2012」に「新ターゲティングポリシーの大胆な活用」という文言を滑り込ませることに成功したものの、シャープ救済にまでは踏み込めなかった。

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筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

1965年、東京生まれ。早稲田大政治経済学部卒。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。88年、朝日新聞社入社。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』、『ヒルズ黙示録・最終章』、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』、『ジャーナリズムの現場から』、『東芝の悲劇』がある。近著に『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』。取材班の一員でかかわったものに『ゴーンショック 日産カルロス・ゴーン事件の真相』などがある。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。レコ漁りと音楽酒場探訪が趣味。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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