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欧州シェンゲン協定、見直しへ

難民流入問題で統合原理を引き裂く圧力働く

小林恭子 在英ジャーナリスト

揺さぶられる基本原理

 急増する欧州への難民流入や昨年11月のパリ同時多発テロが引き金となって、人、モノ、サービスの自由な行き来を目指す欧州連合(EU)の基本原理が揺さぶりをかけられている。

 1月末、EUはアムステルダムで開かれた非公式な内相会合の結果を受けて、執行機関である欧州委員会に対し、ドイツなどが一時的に復活させている国境の入国審査を最長2年間継続する準備に入るよう、指示した。状況を見たうえで、3月中に具体的な手続きに入る見込みだ。

 欧州26か国は、国境検査なしで自由に往来できる「シェンゲン協定」を締結している。EU加盟国の中では22か国が締結し、残りの4か国は非EU加盟国(スイス、リヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウェー)だ。英国とアイルランドはEU加盟国だがシェンゲン圏には入っていない。

 シェンゲン協定は欧州統合の象徴とみなされてきた。一時的にせよ入国審査を再導入する動きは欧州の一体化に水を差しそうだ。

シェンゲン圏(水色がEU加盟国でシェンゲン参加、赤がEU加盟国だがシェンゲン不参加、青が非EU加盟国でシェンゲン参加、緑がシェンゲン参加候補)欧州委員会サイトより拡大シェンゲン圏(水色がEU加盟国でシェンゲン参加、赤がEU加盟国だがシェンゲン不参加、青が非EU加盟国でシェンゲン参加、緑がシェンゲン参加候補)欧州委員会サイトより

 再導入への直接のきっかけは一昨年から注目されるようになった、シリアを始めとする中東諸国、北アフリカからやってくる難民・移民の急激な流入だ。

 ここ数か月で一時的に国境検査を再導入したのは、昨年1年で約100万人を受け入れたとされるドイツを筆頭に、オーストリア、デンマーク、スウェーデン、フランス、ノルウェー、スロバキアなど。シェンゲン協定の規則によると、公共政策や治安に深刻な脅威がある場合は、審査を一時的に復活させることができる。

 欧州の難民流入の背景にはアラブ世界で広がった反政府運動(「アラブの春」、2011年以降)への弾圧や、迫害から逃れるために国を離れる人が増えた事情があった。アラブの春の失敗ともいえるシリア内戦の長期化で、今問題視されている欧州への難民はシリア出身者が大きな比重を占める。

 シリア難民の中にイスラム過激派による「聖戦」戦士が紛れ込んでいるのではないかという懸念が表明されていたが、パリ・テロ発生後まもなくして実行犯と見られる人物がシリア国民と偽ったパスポートを使って難民として欧州に入ったという報道が出ると、「やはり」という思いが欧州内で広がった。

 テロが発生した日の夜、オランド仏大統領は容疑者の逃亡やテロリストの入国を防ぐために国境を封鎖すると宣言。フランスはシェンゲン協定によって廃止していた域内の出入国管理を復活させる決断をした。

域内の亀裂の帰結としての国境検査復活

 国境検査の復活は一時的な措置ではあるが、その意味は大きい。難民流入問題を巡って、EU加盟国間で表面化した様々なひずみの帰結といえるからだ。

 EUの規則では、難民が最初に到着した国で申請手続きを行うことになっているが、海路で欧州にやってきた難民たちの急増に苦しむギリシャやイタリアなどが処理に追い付かない。ギリシャ側はEUからの支援を求めてきたが、まだ不十分という思いがある。一方、難民自身はギリシャではなく、ドイツ、あるいはスウェーデンなど欧州北部での難民認定を目指す傾向がある。

 受け入れ急増に悩む欧州南部、十分な支援策を打ち出せないEU、他人事であるかのような態度をとってきた北部という構図ができた。

 欧州委員会はEU全体で経済規模に応じて難民を受け入れる形を提案したものの、ハンガリーやチェコなど、旧東欧諸国から反発が出た。難民が流入しないよう、国境に柵を建設する国もあり、決して「一つの欧州」ではなくなってきた。

第3の段階に入った欧州

 欧州は流入難民の受け入れにおいて第3の段階に入ったといえよう。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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