TPPをめぐる旧民主党の議事録を公表すれば、意志決定のプロセス研究に参考になる
2016年04月08日
環太平洋経済連携協定(TPP)と農業などの関連法案が4月5日国会審議入りした。
民進党の大きな論点は、二つである。一つは、甘利元TPP担当大臣とフロマン米国通商代表との交渉議事録を政府に要求し、それがないと何を譲り何を取ったのかわからないとして、審議に入れないというものである。交渉の中身が開示されない秘密交渉だという点を問題にしているのである。
二つ目は、「米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること。十年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと」と決議した、国会の農林水産委員会の決議に違反しているという点である。米などの重要5項目のうち、およそ3割の品目で関税が撤廃されていることが、国会決議違反だというものである。
これに対して政府側は、最初の点について、石原大臣は、「交渉参加国は、秘密保護に関する書簡により、各国との具体的なやり取りは公表しないと決められており、交渉段階での情報を説明するのに制約があることは理解いただきたい。今後の審議でも、TPPの各規定の内容や趣旨、解釈などについて丁寧に説明を行っていく」と答弁している。
二点目について、安倍総理大臣は、「交渉を主導することで、農林水産品のおよそ2割について関税などによる保護を維持し、厳しい交渉の中で国益にかなう最善の結果を得ることができた。米などの重要品目については、関税撤廃の例外をしっかり確保しており、交渉結果は国会決議の趣旨に沿うものと評価していただけると考えている」と答弁している。
この後、与野党で協議が行われ、TPPを審議する特別委員会の理事懇談会で、政府側から、ほとんどが黒塗りされているものの交渉の論点を記した資料が提出されたことから、与野党は、6日委員会を開いて議案などの趣旨説明を受けたうえで、7日から2日間、安倍総理大臣の出席を求めて質疑を行うことで合意したと報道されている。
以上が事実関係である。ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉などの通商交渉を担当したものとして、コメントしたい。
まず、最初の点について、通商交渉を含め、ほとんどの外交交渉は秘密交渉である。これは外交だけではなく、民間の私企業同士の交渉も同じだろう。一般の人にやり取りを開示しながら交渉するという例は、寡聞にして存じあげない。
今回のTPP農業交渉では、途中の段階でほとんど最終合意の内容が推測できる報道がなされていた。日本政府の誰かがリークしたとしか思えない。これは、ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉に比べると、はるかに交渉内容の開示レベルは高い。
同交渉では、1993年12月15日に設定された交渉デッドラインの5日前に、部分開放という代償を払うことで米の関税化を回避するという内容が、日本政府に通知されるとともに一般に公表されたに過ぎない。国民はあのとき初めて米交渉の結果を知らされたのである。1993年に民進党の岡田代表は秘密交渉を行っていたはずの与党サイドに属していたはずだし、野党だった自民党も日米秘密交渉の内容を開示しろと詰め寄ることもなかった。
他の国でも、例えば豪州は医薬品のデータ保護期間やISDS条項など難しい政治的な問題を抱え、豪州政府もある程度妥協して交渉をまとめたはずだが、豪州議会がアメリカとの交渉の具体的なやり取りを開示しないとTPP協定の審議に入れないなどと言っているのだろうか?
要するに、国会は、交渉の経緯ではなく、その結果内容が妥当かどうかを議論する場なのである。それについて異論があるなら、堂々と議論すればよいだけのことである。
なお、交渉でいちいち議事録なるものは作らない。しかし、交渉者は自分のメモに基づいて本国に報告電報を打つ。それがないはずはない。ウルグアイ・ラウンド交渉が終わってしばらく、情報公開法が制定されるや否や、マスコミ各紙は一斉に報告電報の開示を求めた。その際、政府は、私たち交渉参加者の名前だけを残し、他はほとんど黒塗りした電報を開示した。今回政府が提示した文書と似ている。交渉経緯の開示というのは、その程度なのである。
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