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[2]生活困窮者をケアする非正規公務員

生活保護の申請窓口に非正規公務員を配置する事例が頻発

上林陽治 地方自治総合研究所研究員

生活保護の面接相談員

 関東地方のある自治体に、生活保護の面接相談員として勤務していた非正規公務員の女性は、3年半勤務した自治体を2013年度末で退職した。長く勤務し、経験を積んでも「昇給」はなく、むしろ月額報酬が減額することさえあった。

 年収は額面でおよそ240万円。1日約8時間のフルタイムで週4日勤務していれば、他の労働に供すべき時間は少なく、その自治体から得られる収入が生活の糧の中心となっていた。

 業務内容は、生活に困窮し相談に訪れる市民に生活保護の趣旨を説明するほか、生活保護法以外の法律の施策の活用を助言し、生活保護の申請書を交付・受理することであった。

 訪れる相談者は、薬物障害、精神障害、メンタルヘルスケアの必要な人。刺青をちらつかせる人。認知症が疑われるホームレスの女性は、せっかく入所させた宿泊所から逃げ出し、保護されては窓口に連れてこられることを繰り返していた。

 皆、さまざまな困難を抱えた身寄りのない「住民」(注1) であり、相談内容は多岐にわたる。

注1 生活保護法19条は、居住地がないか明らかでない要保護者は、その地域を所管区域とする福祉事務所に届ける出るものとしており、必ずしも住民でなくてもよい。

 彼女が従事していた面接相談員という仕事は、申請書の受け渡しという単純なものではない。面接相談員は、相談者をまず受け入れ(インテーク)、その辛さに「共感」(注2) し、一緒に考えていくことを伝え、途方に暮れる相談者の心情を整理し、混線する感情を解きほぐし、その次にアセスメントといわれる状況把握を行う。

注2 共感とは、「相手の感情に波長を合わせようとする試み、相手の感情を理解し、その理解を相手に伝えること」澤田瑞也『カウンセリングと共感』世界思想社、1998年、8頁。

 アセスメントでは、困難がどのような状況から発生しているかを把握し、相談者が何を求めているのかを確認し、その上で、困難から脱却するためのプランを組み立て提示する。

 相談者の抱える困難には「背景」がある。

 ある相談者の「背景」には、幼児期の虐待の経験があった。言葉にできないイラつきからすぐに手を出してきてしまってきたという別の相談者には、軽度の知的障害という「背景」があり、そのことが誰からも認識されてこなかったという「歴史」が隠れていた。

 彼女はこのような相談を3年半で1,000ケース受け持ち、一つ一つの相談に自立に向けたプランを組み立て、相談者の約6割を生活保護による支援に回したほか、最も適した支援部署へとつなげてきた。

 だが、彼女はその自治体を辞した。その理由は、生活保護の面接相談という仕事と社会福祉士という専門性が、ともに、非正規公務員という彼女に付された身分との間で、埋め切れないギャップがあるとの疑義が生じたからである。

非正規化する生活保護行政

 生活保護の申請窓口に彼女のような非正規公務員を配置するという事例は、生活保護の受給者が急拡大している都市部を中心に頻発している。生活保護ケースワーカー(CW)数の標準を定める社会福祉法16条は、CW一人あたりの被保護世帯数を概ね80世帯としているが、生活保護受給者の増大により同法に定める標準はすでに空文化し、2010年度には全国平均でCW一人あたり97.6世帯を担当していた。

 そこで被保護世帯が急増している自治体では、生活保護業務を分割し、相談窓口に非正規公務員のCWを配置することで、正規公務員CWは要保護申請の審査・決定処分、被保護者の訪問調査、報告業務にあてるという対応を進めてきている。

 冒頭の社会福祉士の彼女が勤務していた自治体も同様である(表参照)。

 その市では、10年以上前から、CW一人が担当する被保護世帯が平均で100世帯を超えていた。リーマンショック後の2008年度後半から被保護世帯は急増し、2009年度末には、2008年度比で、303世帯と1割以上も増えた。その後も2010年度の324世帯11%増をピークに、被保護世帯は増え続け、直近の2015年度末には3,852世帯となり、リーマンショック前の2007年度比で、1,471世帯、62%も増加している。

 社会福祉法の規定であるCW一人あたり概ね80世帯を遵守するためには、正規公務員のCWを増員するしかない。だが、厳格な定数管理のもと、正規公務員を容易に増やすことも配置することもできない。

 そこで生活保護の審査・決定や、保護の停止・廃止につながる訪問調査という公権力の行使に関わる業務に携わらない、面接相談員という職務に非正規公務員をもって代替し、その分の正規公務員をCWとして訪問調査等に充てるという方策が取られてきた。

 2008年度に初めて、その自治体は、非常勤職員の面接相談員を2名採用、2010年度にはこれを3名に増員し、2011年度には、定年退職した正規職員の再雇用者である再任用職員を1名充て、総員6名に拡大してきた。

 一方のCWも2008年度から再任用職員を配置するようになってきたが、被保護世帯の急増には追いつけず、2010年度以降、CW一人当たりの被保護世帯は130を下回ることはない。2012年度になって、ようやく正規公務員を増員するようになったが、「焼け石に水」で、2015年度でも、やはり、社会福祉法の規定を大幅に上回る一人当たり130世帯以上が常態化している。

 増え続ける生活保護受給者、その手前の生活困窮者への対処の必要性から、生活保護行政は多様化・複雑化し、新たな行政需要も発生している。だが、これら新規行政需要も非正規公務員をもって対応されている。

 たとえば、上記の自治体の生活援護課の執行体制を例にとると、2016年4月現在、保護受給者の自立支援担当は、正規職員4人に対し、非常勤職員が9人、自立支援プログラム等の委託事業に3団体。非常勤職員は、就労支援専門員、年金等調査専門員、精神保健福祉相談員等の専門職・資格職である。

 また、保護にまで至らない生活困窮者自立支援担当者は、正規職員が4人に対し、非常勤職員は相談支援員として5人のほか、委託事業に2団体、さらには就職支援ナビゲーターとしてハローワークから非常勤職員2名が派遣されている。すなわち同市生活援護課は、正規職員50人、非正規職員17人、委託事業に5団体、ハローワークから派遣された非常勤職員2人から構成され、「正規・非正規複合体」「行政・民間複合体」という様相を呈している(注3) 。

注3 この用語を用いた例として、大森彌「自治体の現場と職員の現状」『都市問題』(106)2015年10月、47頁を参照。

表拡大表 ある自治体の被保護世帯数と人員体制の推移

専門職の非正規化

 ハローワークに行けば、非正規公務員の生活保護面接相談員の求人票が溢れている。

 さいたま市の生活保護面接相談員は、1日7時間、週4日勤務、月額14万6000円の非常勤職。埼玉県朝霞市は、1日7時間、週5日勤務、日給1万円の非常勤職。千葉県市川市は、1日7時間、週5日勤務、時給1,500円の非常勤職。同県市原市は、1日7.5時間、週4日勤務、時給1,730円の非常勤職。このほか、千葉県四街道市、東京都西東京市などなど。上記に紹介した中で一番高額な時給の市原市で、推定年収換算額は額面で260万円超、最も低額なさいたま市では推定年収換算額は額面で175万円程度にしかならない。

 どの求人票も、生活保護実務経験3年以上か、社会福祉士有資格者は相談業務1年以上の経験という応募要件を記している。すなわち、面接相談員という仕事は、 ・・・ログインして読む
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筆者

上林陽治

上林陽治(かんばやし・ようじ) 地方自治総合研究所研究員

1960年、東京都生まれ。1985年、國學院大學大学院経済学研究科博士課程前期修了、2007年より現職。主要著書に『非正規公務員』(日本評論社、2012年8月)、『非正規公務員という問題』(岩波ブックレット、2013年5月)、『非正規公務員の現在』(日本評論社、2015年11月)など。共著に『自立と依存』(公人社、2015年5月)。

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