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ロンドン新市長は複数のアイデンティティーを持つ

なぜ富豪一家の御曹司でなく、バス運転手の息子が選ばれたか

小林恭子 在英ジャーナリスト

 5月5日、英国各地で地方選挙が行われ、ロンドンでは最大野党・労働党の下院議員サディク・カーンが、与党・保守党のザック・ゴールドスミス下院議員を破り、新市長に選出された。8年ぶりの労働党市長となる。カーンは父親がバスの運転手で典型的な労働者階級の出身だが、ゴールドスミスは富豪一家の御曹司。なぜロンドン市民はカーンを選んだのだろうか?(以下、敬称略)

「初のムスリム市長」だけではない

新ロンドン市長サディク・カーン(ロンドン市長とロンドン市議のサイトから)拡大新ロンドン市長サディク・カーン(ロンドン市長とロンドン市議のサイトから)

  カーンは、「欧州連合(EU)内の主要都市で初のイスラム教徒(ムスリム)の市長」として海外のメディアに報じられた。英メディアも「最初のムスリムのロンドン市長」(英フィナンシャル・タイムズ紙、5月7-8日付など)であると報じた。

 しかし、この指摘は事実ではあるものの、肝心な点は「そこではない」という思いがロンドン市民や英国民全体の中にある。

 つまり、カーンがムスリムであるということで多くの人が投票したわけではない―もちろん、中にはそういう人もいただろうが。

 市長選で「ムスリム」という要素がクローズアップされたのは、選挙戦で対立候補となったゴールドスミスがイスラムフォビア(イスラム教嫌い)的な発言を重ねてからだ。結果として、移民人口が高いロンドンでは「この人には任せられない」という嫌気感が広がった。

 選挙運動においては、人種差別、宗教差別を感じさせる言動は時には同様の思いを持つ有権者の気を引き、得票につながる場合があるかもしれないが、ロンドンでは通用しなかったし、ゴールドスミスの敗退につながった。

 ことさらムスリムとしての要素が強調された理由として、最もわかりやすかったという点があるだろう。また、カーンの政治家としての特徴をまとめにくいという要素も大きかった。

 カーンはブラウン労働党政権時代(2007-10年)に入閣しているものの、その政治姿勢はといえば、例えばヒースロー空港の第3滑走路建設を一時は賛成していたが今は反対しているなど、発言がブレる傾向があり、強烈なアピールを持つ大物政治家というわけではない。特に、国民的に絶大な人気を持つ前ロンドン市長ボリス・ジョンソンや、大ロンドン庁の初代市長(2000-08年)でジョンソンと熱い戦いを繰り広げたケン・リビングストンのようなアクの強さに欠けている。

 この点はゴールドスミスも同様で、やや小粒の有力候補二人が一騎打ちとなった選挙戦は、ゴールドスミスのムスリム攻撃が始まるまではそれほど派手なものではなかった。

 なぜゴールドスミスよりもカーンが好まれたのか。

正反対の二人の候補者

傾いた卵のような形の大ロンドン庁の建物(ウェブサイトから)拡大傾いた卵のような形の大ロンドン庁の建物(ウェブサイトから)

 ロンドン市長は、ロンドン議会の25人の議員と同じく、4年ごとに市民の投票によって選ばれる。市民が直接市長を選択できるようになったのは2000年から。「大ロンドン庁」の発足以降だ。

 大ロンドン庁は、30を超える自治体全部を合わせた広い地域を管轄し、東京でいえば都庁に当たる。ロンドン市には現在の推定では約870万人が住み、2011年の国勢調査によると、人口の36・7%が外国生まれで、300以上の言語が話されている。

 ロンドン市長には年間170億ポンド(約2兆6300億円)の予算が与えられ、市内の交通機関、ロンドン警視庁、都市計画、救急業務、2012年のオリンピック競技の跡地開発・運営に責任を持つ。ロンドン市議の役割は市長の仕事を監視・検証することだ。

 今回のロンドン市長選には12人が立候補したが、事実上はカーン労働党議員とゴールドスミス保守党下院議員との一騎打ちとなった。

ロンドン市東部のオリンピック公園内のアリーナで開かれた市長選の演説会で、数千人の市民を前に演説する最大野党・労働党候補のサディク・カーン氏。住宅問題解決を訴えた=2016年4月28日拡大ロンドン市東部のオリンピック公園内のアリーナで開かれた市長選の演説会で、数千人の市民を前に演説する最大野党・労働党候補のサディク・カーン氏。住宅問題解決を訴えた=2016年4月28日

 カーンとゴールドスミスほど、見た目も出身階層も大きく異なる対抗相手は珍しい。

 カーン(45歳)はパキスタン系移民の家庭に生まれ、浅黒い肌を持つアジア系有色人種。ほっそりとした小柄の体形だ。ひょろりと長身のゴールドスミス(41歳)はユダヤ系白人である。

 カーンの父はバスの運転手で、自治体が提供する低所得者向け住宅で育った。一方のゴールドスミスは億万長者で欧州議会議員でもあった父を持つ。

 カーンは公立校からノースロンドン大学に進学し、法律を学んだあと、人権派弁護士となる。下院議員初当選(南西部トゥ―ティング選挙区)は2005年だ。「労働者階級の成功者」として、カーンの今がある。

 一方のゴールドスミスは富裕層、エリート層が子息を送る私立校イートンに進むが、ドラッグを所持していたことが発覚し、退学となる。その後環境問題に関心を持つようになり、雑誌「エコロジスト」のジャーナリスト、編集長となった。

ザック・ゴールドスミスのロンドン市長選用ウェブサイト拡大ザック・ゴールドスミスのロンドン市長選用ウェブサイト

 2010年、ロンドン南部リッチモンド・パーク選挙区の下院議員に初当選した。下院議員の中で最も金持ちとも言われ、ゴールドスミスは富裕層・エリート層の利益を代表する人物と言うイメージができた。その甘いマスクにひかれる人も多く、現役(当時)市長ボリス・ジョンソンやキャメロン首相からの支援を受けて、ロンドン市長の座は近いように思えた。

カーン氏とイスラム過激派を結びつける発言

 選挙戦中の各種調査ではゴールドスミスとカーンの支持率はほぼ拮抗した。どちらが勝つとも言えない状態が続く中、ゴールドスミスはカーンとイスラム過激派とを結びつける発言をたびたび行うようになる。

 カーンは下院議員になる以前の弁護士時代、イスラム過激派とされる人物らと同じイベントに参加し、こうした人物の弁護を担当したことがあった。ゴールドスミスはカーンが「過激主義者に発言の場と酸素を与え、弁護さえした」と何度も述べ、カーンと過激主義者を同一視するかのような言動を繰り返した。

 キャメロン首相も4月20日、下院でこの件に言及した。過激主義の人物と「何度も、何度も、何度もイベントに参加するようであれば」、カーンの判断力を問うことは正しい、と述べた。

 カーンは、自分が人権団体「リバティ」の会長であった頃に「非常に嫌な人々の弁護を担当したことを一度も隠したことはない」、こうした人々の思想に「同意したという印象を与えたとしたら残念だ」、「イスラム過激主義には徹底して反対の立場を取る」と答えてきた。

 今月1日には大衆紙「メール・オン・サンデー」に2005年のロンドンテロで破壊されたバスの写真を背景にしたゴールドスミスの記事が載った。「テロリストを友達だと思っている労働党にもっとも偉大な都市を本当に引き渡していいのか」と書かれていた。ロンドンテロは英国で生まれ育ったイスラム教徒の青年たちが中心となって実行された。

 選挙後の今となっては、ゴールドスミスの一連の発言は間違いだったと保守党筋は見ているようだ。

 保守党公認の市長候補になろうとしてゴールドスミスに負けたアンドリュー・ボフは、6日、BBCのテレビ番組の中でカーンと過激主義者を結びつける作戦は失敗だったと述べている。ロンドンを分断させる戦略であり、「間違いだった」と。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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