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異常な米大統領選とTPPに漂う暗雲

TPPのアメリカ議会での承認が怪しくなっている

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

予備選から異常だった大統領選

詰めかけた支持者の前で演説するドナルド・トランプ氏=ウェストバージニア州チャールストン拡大詰めかけた支持者の前で演説するドナルド・トランプ氏=ウェストバージニア州チャールストン

 最大の要素は、今残っている大統領候補の共和党ドナルド・トランプ、民主党のヒラリー・クリントン、バーニー・サンダースの3人ともTPPに反対していることだ。

 クリントンはサンダースに追い上げられているが、民主党候補としての指名は確定していると言ってよい。本来クリントンはオバマ政権の国務長官として、大西洋から太平洋へ重点を置き換えるというリバランシングを主張し、TPPをその中でも重要な政策として推進していた。本心ではTPP推進派と言ってよい。

 それが、アメリカの雇用が自由貿易で失われているなど左派的な主張を繰り返すサンダースが、意外にも若者等を含め多くの支持を得たことから、当初のTPP協定の中身を検討するという主張から、今ではTPP反対を鮮明に主張せざるを得なくなったのである。

 民主、共和の予備選から、今回の大統領選は極めて異常である。

 共和党から見ると、立候補を表明した主要な候補は17人にも上る乱立となり、予備選挙前に5人、予備選挙中に11人が撤退し、保守主義者ではないと攻撃された、政治経験のないトランプが共和党の候補となった。しかし、トランプを嫌う共和党幹部は、最後まで予備選挙に踏みとどまったテッド・クルーズとジョン・ケーシックが撤退表明を行うまで、トランプが予備選挙で多数の代議員を獲得しても、党大会で別の候補を支援し、逆転を狙うという戦術を検討していた。

 しかし、意中の人物だった、前回大統領選の副大統領候補で下院議長のポール・ライアンに袖にされ、忌み嫌った極右のティーパーティー派のテッド・クルーズを最後の頼みの綱にしたが、これもトランプに敗北してしまった。

 民主党は、当初女性で、人気もあり、政治経験の豊富なクリントンが無風状態で指名を受けるという予想だった。しかし、若い時代に社会党に所属し、自ら民主社会主義を標榜(ひょうぼう)するサンダースが、意外にも支持を広げ、多くの代議員を獲得し、クリントンの支持基盤を取り崩していった。

 特に、サンダースはクリントンがウォールストリートから多額の献金を受けていると攻撃し、支配階級のエスタブリシュメントに不満を持つ若者や低所得層から強い支持を受けた。これによって、クリントンは主張をサンダース寄りに大きく左に移さざるを得なくなっていった。

選挙の争点についても極めて異常だ

力のこもった演説をするバーニー・サンダース上院議員=ウェストバージニア州ハンチントン拡大力のこもった演説をするバーニー・サンダース上院議員=ウェストバージニア州ハンチントン

 予備選挙の経緯だけでなく、争点についても極めて異常である。いつもの大統領選なら、テロ対策とか移民対策とかの政治・外交向きの政策が争点となる。通商政策が争われるのは、珍しい。

 しかし、サンダースだけではなく、自由貿易推進を旗印にする共和党の候補であるトランプまでもフォードがメキシコに工場を移転しアメリカの雇用を奪っていると主張するなど、反自由貿易、反グローバル化を主張している。

 大統領選で通商政策が大きな争点となったのも、共和党候補が反自由貿易を唱えるのも、1936年以来だと言われている。実は、高等教育を受けていない貧しい人たちが新たに共和党員になってトランプを支援している。トランプの支持層は伝統的な共和党員ではない。つまり、サンダースもトランプも同じ主張で同じ支持層をターゲットにしているのである。

 見方を変えると、アメリカで反自由貿易、反グローバル化の声が高まっていると言えるだろう。トランプなどの主張により、ギャラップ社の世論調査では、現在のアメリカが直面する最重要問題に経済問題を上げる人が、今年1月の27%から4月には40%に増加している。

TPPの議会承認はどうなる?

支持者の前で演説するヒラリー・クリントン氏=ペンシルベニア州フィラデルフィア拡大支持者の前で演説するヒラリー・クリントン氏=ペンシルベニア州フィラデルフィア

 大統領選の候補者が当選後、自由貿易協定についての態度を変更したことは、ないわけではない。ビル・クリントンは北米自由貿易協定(NAFTA)に反対だったが、当選後推進派となり、ブッシュが締結したNAFTAの議会承認を求めた。バラク・オバマもNAFTAの再交渉を求めていたが、当選後は主張を引っ込めた。しかし、これらのときは、通商交渉や自由貿易が大統領選の大きな争点になっていたわけではなかった。

 メキシコからの移民を防止するため、国境に大きな壁を作り、その費用をメキシコ政府に払わせるというトランプの荒唐無稽な主張は、そもそも実現不可能なものだが、TPPの議会承認を求めないことは大統領として可能である。トランプが当選すれば、来年以降大統領がTPPの議会承認を求めることはまずなくなる。

 クリントン大統領ならどうか?

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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