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[3]学校司書という非正規公務員

~居るのに居ないが如く~

上林陽治 地方自治総合研究所研究員

ある村の常勤的非常勤職員の学校司書

 彼は、九州地方の山間の、編入合併前のある村で、たった一つの中学校の学校図書館に勤務する、非正規公務員の学校司書だった。

 1979年4月1日、有期雇用の非常勤職員として任用され、以後、2012年3月31日に退職するまでの33年間のほとんどを、1年間の任期を毎年更新してきた。任期の終了による退職日と再任用による任期の開始日との間に空白期間はなく、事実上、無期の継続雇用だった。

 非常勤職員といっても、その勤務態様は正規の常勤職員と一緒だった。始業・終業時刻は8時30分から17時15分で、勤務時間数は1日7時間45分、勤務日は、土曜日・日曜日の週休日を除く週5日で週38時間45分、休日は、国民の祝日、年末年始並びに教育委員会が認めた日。つまり彼は、非常勤職員という身分でありながら常勤職として勤務する、典型的な常勤的非常勤職員だったのである。

 学校司書としての彼のルーティンは、朝、出勤して職員室で鍵を取り、図書館をあけ、2台のパソコンを起動し、窓をあけ、空気を入れ替えるところからはじまる。そして、登校してきた生徒への本の貸し出し・返却業務をしたのち、職員打ち合わせに出席。

 午前中は、新刊の受け入れや資料の選定作業、図書館通信の作成、書店との打ち合わせ。

 昼休みは、図書委員の生徒たちによる貸し出し返却業務を補助し、適宜、読書相談に応ずる。

 午後になると、生徒に配布する図書館通信や館内の掲示物を作成。授業が終わって図書委員の生徒が図書館に集まると、その活動を支援する。

 4月。新年度がはじまる最初の職員会議では、朝の読書活動の実施について教職員に周知し、年間の読書指導計画を職員会議に提案する。5月には、新刊購入にむけて生徒や教職員にアンケートを実施し、6月には新刊図書の集中受け入れ作業を実施。

 夏休みに入る前には、図書課題の準備を進め、職員会議に提案し、図書館では課題本を書架から取り出して別置きにし、生徒が手に取りやすいようにする。

 秋には、本の紹介文作成の取組を進め、優秀作品を選定し、年が明けた1月に表彰する。

 2月。卒業生のために、中学校3年間の読書記録をまとめ、記念品として手渡す。

 3月。使命を終えた図書を除籍(廃棄)し、書架を整理し、春休みの特別貸し出しを実施する。

市町村合併による学校図書館への影響

 「学校図書館は、生徒が自主的に運営するもの。学校司書はその生徒の活動を後方から支えるもの」。これが彼の信条で、したがって、図書の選定も生徒が主体的に進めてきた。

 全校生徒が取り組んできた本の紹介文コンクールでは、図書館にある本を200字程度で書くという手法を進めた。これなら読書感想文の苦手な生徒も抵抗なく取り組める。そして、この山間の小さな村の中学校の生徒による作品は、県が主催する読書感想文コンクールで、いくつも入選の栄誉に輝き、卒業生は「本好き」になって巣立った。

 2012年、この村の学校図書館運動を支えてきた彼は退職した。そして、退職金の支払いを請求する裁判を起こした。33年間、事実上の無期雇用として勤務してきたが、1円の退職金も支払われなかったからである。

 彼が裁判を起こすには伏線があった。2005年に同村を含めた周辺町村を編入合併してできた新市は、学校図書館をないがしろにしてきたからである。

 新市で、中学校は、彼が勤務していた旧村のものも含め10校となったが、配置された学校司書は旧町村から引き継いだ彼を含めた2人だけだった。1校あたりの学校図書の予算も、合併3年後には旧村時代の半分以下となった。

 図書委員会活動も停滞し、それまで生徒が主体となって進めてきた選書も、書店の見計らいとなっていき、なによりも図書館を訪れる生徒が少なくなった。

 旧村の学校図書館活動は、彼の目の前で、その輝きを失っていった。

裁判の争点 特別職なのか一般職なのか

 さて、裁判の経過に、話を戻そう。

 合併後の新市は、彼を地方公務員法3条3項3号に基づく特別職非常勤職員の学校司書として採用した。なお勤務態様は旧村と同様の常勤的非常勤だった。

 新市では、退職手当支給に関して、二つの条例をもっていた。

 一つは、「特別職の職員の退職手当に関する条例」(以下、「特別職退職手当条例」)で、退職手当が支給される者を、特別職の職員のうち市長ならびに副市長としていた。もうひとつは、「職員の退職手当に関する条例」(以下、「職員退職手当条例」)で、同条例では、退職手当の支給対象者を、上記の特別職退職手当条例が適用されない職員、すなわち地方公務員法4条に規定する一般職を中心とする職員としていた。

 したがって裁判では、彼のような常勤的非常勤職員の学校司書に適用される条例が、上記二つの条例のいずれであるのかという争点のほか、そもそも彼は、特別職なのか一般職なのかが争われた。

 公判では、原告側は、常勤的非常勤職員には職員退職手当条例が適用されると主張、これに対して被告・新市側は、原告の学校司書職員は特別職非常勤職員として任用されたこと、職員退職手当条例は、その適用を一般職に限定しており、請求に理由がないと主張した。

 一審は、新市の主張を採用し、原告に職員退職手当条例は適用されず、特別職退職手当条例も支給対象者を市長・副市長に限定しているとして、原告の請求に理由はないと判断した。これに対し、高裁の控訴審判決は一審判断を覆し、原告は特別職ではなく一般職で、職員退職手当条例の適用があるのだから、1092万円の退職手当を支払えと命じた。

 高裁が控訴人を一般職であると判断した枠組みは以下のとおりである。

・特別職とは、生活を維持するために常時公務につくのではなく、一定の学識、知識、経験、技能等に基づいて、随時、地方公共団体の業務に参画するもの。
・そうすると、ある職員が特別職に該当するかどうかは、常時か、臨時・随時かによって判断されるべき。

 これらの特別職に関する判断枠組みを示した上で、①控訴人(一審原告)は、勤務時間や勤務日数などの勤務条件や職務遂行にあたっての指揮命令関係の有無、成績主義の適用の有無が、一般職の正規職員と同様である。②また、一般職の正規の教員と同様に校長の指揮命令下にあり、成績不良の場合は市長から解任される。

 したがって、新市が控訴人の学校司書を特別職として任用したのは、「地方公務員法の解釈を誤った任用であるから、そのことをもって、控訴人を特別職の職員であると認定することはできない」とし、控訴人は一般職の職員であるから、同市の職員退職手当条例が適用されるので、退職手当(1092万円)を支払うべきであるとしたのである。

 ところが高裁判決を不服とした新市は最高裁に上告。2015年11月の最高裁判決は、高裁判決を再度覆し、新市の主張を完全に取り入れ、被上告人たる常勤的非常勤職員は特別職であり、職員退職手当条例は適用されないとするものだった。彼を特別職の職員とした理由について、最高裁は、市が特別職として採用したのだから特別職なのだ、というものだった。

 公務員の勤務関係の法的性質は、労使対等・双方合意の労働契約ではなく、行政処分たる「任用」といわれるものだと解釈されている。任用関係のもとでは、労使双方の立場は対等ではなく使用者の意思が優先する。すなわち、市が特別職として採用したのだから特別職なのだという理屈なのである。

学校司書は名前のない存在

 このような不条理な理屈が支配する、無権利状態の非正規公務員の学校司書が増えている。

 その数は、全国の公立小中学校・高等学校で、2005年に13,456人だったものが、2014年には19,293人となり、10年で約1.5倍となった。

 では、学校司書とは、何者なのか。

 1953年に議員立法で制定した学校図書館法は、教員資格を持ち、講習を修了した「司書教諭を置かなければならない」(第5条1項)としていた。ただし同法附則第2項で、「学校には、当分の間、第5条第1項の規定にかかわらず、司書教諭を置かないことができる」と規定した。このため

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