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英国はなぜ「EU離脱」を選択したか

「エコノミー」よりは「エモーション」が勝った選挙戦を終えて

小林恭子 在英ジャーナリスト

「バラバラになった国」

英国国民投票でEU離脱派が優勢となり、1万5000円を下回った日経平均株価=6月24日拡大英国国民投票でEU離脱派が優勢となり、1万5000円を下回った日経平均株価=6月24日

 6月23日、英国で欧州連合(EU)に残留するか離脱するかの是非を問う国民投票が行われた。72.2%という高投票率の下、離脱派は約1740万票(51.9%)、残留派は約1600万票(48.1%)を獲得し、離脱派が勝利した。残留派が僅差で勝つという直前の予想を裏切り、英国はEU離脱への道を歩み始めた。残留と離脱で国民が大きく真っ二つに割れた国民投票の結果を分析してみたい。

 23日、午後10時に投票が終了すると、間もなくして開票作業が始まった。残留派が勝つのではないかという憶測が飛び、為替市場はポンド高の様相を見せた。

 しかし、夜が更けるにつれて離脱票がどんどん増えてゆく。BBCが「離脱派勝利、確実」と報道したのは翌24日早朝だった。

6月24日付の新聞「i(アイ)」の1面拡大6月24日付の新聞「i(アイ)」の1面

 24日のリベラル系新聞「i(アイ)」は、まだ最終的な結果が出ない中での紙面構成となったが、1面に英国の地図を載せ、「バラバラになった国」(A nation divided)と言う言葉を上に置いた。

 選挙結果を伝えるBBCや民放ITVの特別番組内でも「年齢、社会的背景、教育程度、収入などによって有権者が大きく2つに分かれている」とする指摘が頻繁になされた。

 選挙結果を見ると、地域でいえばスコットランドに加えロンドン近辺(イングランド地方南部)が残留支持、イングランド地方の中部・北部が離脱支持となっていた。

 これまでの複数の調査による有権者のプロファイリングでは、「高齢者、労働者階級、教育程度が中程度か低い、国際経験が少ない、所得が低い」層が離脱派を主として支持し、残留派支持者は「若者層、高学歴者、国際経験が多い、所得が高い」層が中心だった。

 英国は階級制度の名残が強いが、今回の選挙は「労働者階級・高齢者層」対「都市に住む若者たち・政治家を含めたエスタブリッシュメント」の様相を見せた。

 キャメロン首相が選挙運動を率いた残留派は、離脱すれば経済に大きな打撃を受けるとして国民の支持を求めたが、ボリス・ジョンソン元ロンドン市長や、EUからの脱退を求める政党「英国独立党(UKIP)」のナイジェル・ファラージ党首は「離脱によって、国の主権を取り戻そう」と感情面にアピールした。

 大概の選挙では経済がもっとも重要視されるが、今回に限っては経済(エコノミー)よりも感情(エモーション)が勝った選挙戦だったといえる。

離脱までの道

ロンドン市内の小学校が投票所の1つとして使われていた拡大ロンドン市内の小学校が投票所の1つとして使われていた

 日本及び世界の多くの国の人からすれば、いったいなぜ、英国がEU加盟を続行するか否かの国民投票をわざわざ行い、かつ、なぜ1700万人もがEUからの離脱を選択したのかと不思議に思われることだろう。

 離脱決定後、ポンドや株式市場が暴落し、今後も英経済に大きな影を落とすことが必須な選択肢をなぜ国民は選んだのか、と。

 そもそも、なぜ国民投票をやるようになったのか。

 まずは英国と欧州大陸との独特の関係を理解することが必要だ。

 英国は「欧州」というグループの中にひとくくりにされるが、国内では自分たちが欧州市民と言う意識は希薄だ。英仏海峡によって地理的に離れていることに加え、過去何世紀にもわたりドイツやフランス、スペインなどと戦争をしてきた歴史がある。

 大英帝国の記憶や、島国であることから独立独歩の精神が旺盛で、「一国でもやっていける」、「他国から干渉されたくない」という気持ちが強い。

 1973年、英国はEUの前身ECに加入するが、単一市場に参加するという、あくまでも経済的な理由がきっかけだった。75年には加盟を続行するかどうかの国民投票を行い、継続加盟を選択している。

 しかし、その後、欧州共同体がEUと言う形になり(1993年)、政治的統合への道を進むようになってから、EU懐疑感情が強くなってくる。EUの官僚組織が肥大化し、EUの事務処理を担当する欧州委員会が本拠地を置くブリュッセルは官僚主義の同義語となった。

 EU懐疑派がもっとも根強かったのは与党・保守党だった。

 2005年に保守党党首となったデービッド・キャメロンは党の近代化に取り組む。リベラル派キャメロンの悩みの種は、反EU姿勢をあらわにしたサッチャー元首相を信奉する党内の右派長老たち、つまりEU懐疑派だった。

脱退を目指す「UKIP」の躍進

 保守党のEU懐疑派よりも大胆な主張、つまり脱退を目指すのが英国独立党(UKIP)だ。英国がEUから脱退・離脱するというのは、長年にわたりあまりにも荒唐無稽な話で、UKIPは「冗談」(キャメロン首相)として受け止められてきた。

 2004年以降、旧東欧諸国の10カ国がEUに加盟すると、多くの若者たちが英国にやってきた。域内での人、モノ、サービスの自由な往来を原則とするEUに加盟している限り、EU市民の流入を英国は止めることができない。

 途切れることのないEU移民の流入は、UKIPが英国内で受け入れる土壌を作ってゆく。

 移民たちは英国の労働者がやりたがらないような仕事をやり、低賃金でも一生懸命働く。同時に、英国人同様に医療、学校、住宅、公的サービスを享受できる。2008年の世界金融危機以降、緊縮財政策を敷く英国では公共サービス費が削減され、生活が厳しくなった国民はEU移民に疑惑の視線をなげかけた。

 しかし、「EU市民の流入をどうにかしてほしい」という国民の声に既存の政党は耳を貸さなかった。

 唯一、「その気持ちは分かります。何とかしましょう」と手を差し伸べたのがUKIPだった。EUを脱退し、無制限にやってくるEU移民の流入を防ごうと呼びかけた。

 2014年の欧州議会選挙で、英国に割り当てられた議席数のなかでUKIPは第1党となった。EUからの脱退を主張する政党が第一党になったこの時点で、英国のEUからの離脱の兆候が見えていたのかもしれない。

 野党労働党の中にもUKIPの支持者が広がったが、当初UKIPをライバル視したのが保守党だった。下院議員二人がUKIPに転向し、キャメロンをひやっとさせた。

 2015年の総選挙に向けて、キャメロンはとうとう、「保守党が単独政権をとれれば、EUについての国民投票を行う」と宣言せざるを得なくなった。

 「経済の優位性を納得してもらえれば、残留派が勝てる」ーキャメロンはそう思っていた。

なぜ離脱派が勝てたのか?

 しかし、結果は離脱票が残留票に100万もの差をつけて勝利。なぜ勝てたのだろう?

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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