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アベノミクスと最低賃金の大幅引き上げ

最低賃金大幅引き上げのためには、優良雇用促進助成金制度の創設を提唱する

齋藤進 三極経済研究所代表取締役

選挙用のレトリックに満ちた議論を排して

参院選で政権の実績を強調する安倍首相拡大参院選で政権の実績を強調する安倍首相

 参議院議員選挙も終わったばかりで、向こう3年間は、参議院議員選挙はない。現在の衆議院議員の任期は2018年12月までで、約2年半が残っている。しかも、自由民主党は、1989年7月以来初めて、28年ぶりに参議院での過半数を回復した。衆議院では、絶対安定多数を2012年12月以来保持している。

 良くも悪くも、日本経済の行方を左右する経済政策の結果と責任は、衆参両院で過半数を制する自由民主党が、単独で、その双肩で担っているといえよう。

 久しぶりに、次の国政選挙を気にせずに、落ち着いて、経済分析と、経済政策の論議が出来る時期には、国政選挙用のレトリックに満ちた議論を排して、日本経済の現状と将来の見通しを、出来るだけ客観的に見据えることが、まず、第一である。

 経済政策論議は、一定の価値観に立つものであるので、いかに客観的な装いを取っていても、右から左まで、論者が立つ立場によって、その論から利益を得る階層が異なるのは当然であることに留意するのが肝心である。

 本論では、第1に、アベノミクス下の3年半余りの日本経済の景況の推移を概観し、第2に、事業規模で28兆円超と言われる新規の経済対策の問題点などに関連し、最低賃金の大幅な引き上げと、それを可能にする優良雇用促進助成金制度の創設を提唱する。

元の木阿弥のアベノミクス

 まず、日本経済の対外経済関係を規定する外国為替相場は、いかに推移して来たか。

 日本円の米ドルに対する為替相場(月中平均)の推移を見ると、2007年6月(第1次安倍政権)時には122円台と、当時の円安のピークを付けた。その翌月には、サブプライム危機(米国の住宅投資バブルの破裂)が表面化し、一転して急激な円高・ドル安に転換した。

 それ以降は、第1次安倍政権に続いた福田政権、麻生政権時も円高が続き、麻生政権から鳩山民主党政権への政権交代があった2009年9月には91円台と、第1次安倍政権期から麻生政権期末までに、31円もの円高を見たのが客観的な事実であった。民主党政権時には、一時は76円台まで円高が進行し、第2次安倍政権に交代した2012年12月には83円台であった。

 第2次安倍政権の円安推進策で、2015年6月~8月には123円台と、同政権初めの水準に比べると、40円もの大幅な円安に振れた訳であった。

 しかし、それ以降、2016年6月23日のイギリスの欧州連合離脱の国民投票の結果を受けた翌日の6月24日には、1時的に99円台を付けるまでに、大幅な円高に振れた。

 その後は、若干の円安への揺り戻しを見ているが、第2次安倍政権下の経済政策(アベノミクス)下での大幅な円安は、そのピークから円安に振れた分の半値以上の揺り戻しを見ている訳である。

 日本円の米ドルに対する為替相場の変動に並行して、ユーロ、人民元、豪州ドルなどの対する為替相場も、大幅な円安が、大幅な円高に揺戻されるという展開を見て来た。留意すべきは、アベノミクス下の円安を推進して来たとされる日本銀行の量的緩和は、続行されているにもかかわらず、このような事態が生じたことである。

 日本円の外国為替相場の変動と同様に、アベノミクス下の日本の鉱工業生産指数(2010年=100)の水準も、最近では95前後と、アベノミクスのピークであった2014年1月の103・2を大きく下回るだけではなく、アベノミクス開始時の水準に逆戻りしてしまっている。元の木阿弥と言う訳である。

政府自身の統計が示していること

 アベノミクス下の最近の水準は、民主党政権期(東日本大震災直後の時期を除く)の水準を大きく下回るだけではなく、福田政権期でのリーマンショック前のピークであった2008年2月の117・3に比べれば20%近くも下回っていることが、日本政府自身の統計が示していることで明らかである。

 日本の現役人口の大多数を占める労働者にとって最も重要な名目・実質賃金の水準も、日本政府厚生労働省が集計・推計している『毎月勤労統計調査』によれば、アベノミクス下では、名目賃金の明確な上昇傾向は認められず、肝心なインフレ率を割り引いた実質賃金の水準は、5%前後もの低下を見ている。

 日本の実質賃金の水準は、1997年にピークを付けた後は、小泉政権が始まる前までに、5%余りも下落した。小泉・第1次安倍・福田政権期には、更に7%余りも低下し、民主党政権期には一時的に下げ止まったが、アベノミクス下では5%前後の低下が再開した訳であった。最近の実質賃金の水準を、1997年のピーク時の水準に比べると、実に16%近くの低下となる。

 名目・実質賃金の水準が、長期低下傾向をたどって来た訳であるから、日本政府総務省統計局が集計している家計調査に表れる勤労者世帯の名目・実質消費支出の水準も、同じく長期下落を見て来たのは何ら不思議ではない。

 現役勤労者以外の一般世帯の名目・実質消費支出の水準も、勤労者世帯と同様な推移を示して来た。労働者・一般国民は、カネが無いので、消費支出を切り詰めている現実が、政府統計で明瞭に浮かび上がっていると言えよう。

 アベノミクス下の2013年度~2015年度の平均実質経済成長率(=平均実質GDP成長率)は0・6%に過ぎず、その以前の3年度間の平均である1・6%の3分の1近くに過ぎない。

 アベノミクスの最大の「功績」は、大幅な円安で、日本経済の名目GDPを、2012年度の474兆円から2015年度の500兆円へと、26兆円ほど拡大した事であった。

 しかし、その半分の10兆円は、原油・天然ガスなどの輸入価格の大幅下落で、輸入額が急減して、名目GDPがかさ上げされたという、アベノミクスとは関係の無い外的要因、僥倖によるものであった。その僥倖の追加が消えた2014年第4四半期以降から2016年第1四半期までの5四半期では、名目GDP(年率換算)の水準は500兆円前後で低迷を続けているのが実情である。

 この僥倖以外の残りの14兆円が、アベノミクス初期の財政出動によってかさ上げされた分と、円安による輸出額の増加に連動した民間設備投資などの増加によるものであった。しかし、円安で、輸入額も大幅に増加したので、GDPの増加に寄与する純輸出額(=輸出額―輸入額)のマイナス幅が、アベノミクスの初年度の2013年度には6兆円も増加し、名目GDPの増加の足を引っ張ったのが実情であった。

 この僥倖分も含んだアベノミクスの功績にも関わらず、名目GDPの水準は、リーマンショック直前のピークであった2007年度の513兆円を回復していないだけではなく、今までの最高記録の1997年度の521兆円を、大幅に下回っているのが実状である。

 インフレ率を割り引いた実質GDP(2005年基準連鎖価格評価)の水準の推移で見ると、今までの最高記録は、2007年度の525兆円であった。リーマンショック後の麻生政権期の2009年度には496兆円に急落した後は、民主党政権期には急回復を続け、その最後の年度である2012年度には519兆円と、リーマンショック前の水準をほぼ回復していた。アベノミクス下の3年度間では、524兆円から529兆円の幅へと、小幅な上昇を見たに過ぎなかった。

最大の「僥倖」=雇用市場の「大幅改善」の演出

 第2次安倍政権、アベノミクスにとっての最大の「僥倖」は、民主党政権時の実質GDPの水準を少々と押し上げるだけで、雇用市場の「大幅改善」を演出できたことであった。その秘訣は、生産年齢人口の大幅な減少である。

 生産年齢人口が減り、求職者数が減少すれば、実質GDPの水準に連動する求人数が低迷していても、労働需給はきつくなり、完全失業率は下がり、有効求人倍率は上がることになる訳である。

 15歳以上、65歳未満の生産年齢人口は、2016年の年央では、7627万人と推計される。生産年齢人口は、最近の3年間では260万人の減少、最近5年間では448万人もの減少になった。昭和20年代前半生まれの「団塊の世代」が、65歳以上になったことによる。

 小泉・第1次安倍・福田政権期の総決算は、福田政権期から麻生政権期のサブプライム危機、リーマンショックを契機にした円安・構造改革路線の破綻であった。日本経済は、景況、雇用情勢の急激な悪化に翻弄された。日本の株価は暴落し、日本円の対米ドル為替相場は急激な円高に見舞われた。

 リーマンショックの後の米国連銀(米国連邦準備制度)は、政策金利(フェデラル・ファンド・レートの誘導目標水準)のゼロ近くへの引き下げでは足りず、量的緩和政策まで動員して、リーマンショックでしぼんでしまった資産価格バブルを、再度膨らませる政策を取った。第2次安倍政権も、アベノミクスの一貫として同様な量的緩和政策を取り、小泉・第1次安倍・福田政権期の円安政策の再現を図った訳である。

 しかし、米国連銀が、2014年秋に量的緩和政策を完了すると、翌年の2015年半ばには、米国の資産価格の下方調整が始まった。それに連動して、前記のように、日本円の対米ドル為替相場は半値戻し以上の円高に振れ、アベノミクス期に上昇した日本の株価水準も、上昇分の半分が吹き飛ぶ事態を見た訳であった。

 日本政府内閣府が公表している景気ウォチャー調査の景況の現状を示す指数で見ても、最近の水準は、アベノミクス開始期の水準に逆戻りしてしまった。アベノミクスは、元の木阿弥になったという訳である。

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筆者

齋藤進

齋藤進(さいとう・すすむ) 三極経済研究所代表取締役

(株)三極経済研究所・代表取締役。1950年静岡県生まれ。73年京都大学経済学部卒、73年より、国際関係研究所客員研究員(台北)、76年ミシガン大学大学院経済学博士課程修了。フォード財団特別研究員、ウォールストリートで、金融機関、機関投資家、国際機関向けの独立経済コンサルタント業、クレディ・スイス銀行(東京)経済調査部長兼チーフ・エコノミストなどを経て、1990年より現職。「平成不況」の名づけ親として、多くの経済政策論文・論説を発表。著書に『平成不況脱出』(ダイヤモンド社)、『平成金配り徳政令』(講談社)など。世界の100人のTop Political Columnistにも選ばれている。 【2016年8月WEBRONZA退任】

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