これで本当にインフレ目標を達成できるのか?
2016年10月03日
日銀は9月20~21日の金融政策決定会合で、「長短金利操作付量的・質的金融緩和」の実施を決定した。
これは、この3年半にわたる黒田総裁就任以来の金融緩和(「量的・質的金融緩和」と、今年1月に導入した「マイナス金利付量的・質的金融緩和」)に関して、これまでの政策効果の総括的検証を行った上での、金融緩和の枠組みの強化策であると説明されている。
実際、この政策決定と同時に、「総括的検証」も発表された。
(日銀「『量的・質的金融緩和』導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的検証」2016年9月21日)http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160921b.pdf
黒田総裁は9月21日の金融政策決定会合後の記者会見で、「新しい政策枠組みは、二つの要素から成り立っている。第1に、金融市場調節によって長短金利の操作を行う『イールドカーブ・コントロール』、第2に、消費者物価上昇率の実績値が安定的に 2%を超えるまで、ネタリーベースの拡大方針を継続する『オーバーシュート型コミットメント』」と述べている。
(日銀「総裁記者会見要旨」2016年9月21日)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2016/kk1609b.pdf
「イールドカーブ・コントロール」というのはわかりにくいが、日銀当座預金への付利利率のような短期金利の操作に加えて、長期金利についても明示的な目標を定めて、そこに誘導するということである。
具体的には、10年物国債の利回りがゼロ%程度で推移するように、長期国債の買い入れを行うということで、その金額はこれまで通りの年間80兆円を目途とする、としている。なお、短期金利についても、これまで通り、当座預金の一部にマイナス0.1%の付利を行っているのを維持するとのことである。
「オーバーシュート型コミットメント」というのは、2%インフレ目標が達成されて、これを超えるまでは(オーバーシュートするまでは)、金融緩和を継続する、という意味である。
これまではどの時点で金融緩和が停止されるのかが明らかでなかったので、「2%を超えたからといって、即座に金融緩和を停止するわけではない」と明示した、ということであろう。
ここで注意が必要なのは、これは新たな追加の金融緩和ではないということだ。日銀は、金融緩和の「枠組みを強化した」とは言っているが、「金融緩和を強化した」とは言ってない。
日銀が今年1月に導入した「マイナス金利」については、これまで通りのマイナス0.1%が維持されている。また、10年長期金利を0%近辺に誘導するといっても、現在の長期金利はすでに0%近辺にある。
今年1月の「マイナス金利付量的・質的金融緩和」の導入を受けて、2月の中旬以降、10年国債の利回りはマイナスが定着している。今年7月には一時マイナス0.3%にまで低下し、現在、足下でも0%からマイナス0.1%の間の水準にある。つまり、10年の長期金利を0%近辺に誘導するといっても、現在の水準を押し下げるわけではないのだ。
ところで、一方で日銀は「国債の購入は、これまで通り、年間80兆円を目途とする」と言っているが、私にはこれがよくわからない。
前述の通り、10年国債の利回りはすでに0%を下回っているので、これ以上国債を購入しなくても、すでに金利のターゲットが達成されている。おそらく、将来、金利が上昇するような局面では、金利をゼロに抑えるために国債の購入を「年間80兆円を目途に」続ける、ということなのだろう。
だが、価格と量は両立しない。一定の価格を維持しようとすれば、購入する量は決まらない。購入する量を決めれば、価格は決まらない。これが長期金利コントロールと量的金融緩和の関係である。
結局、今回の日銀の「新たな枠組み」とは、量的金融緩和から金利の操作に変更した、ということではないのか? そうすると、「長期金利コントロールでインフレ目標が達成できるのか」というのが、この日銀の「新たな枠組み」を評価するポイントになる。
私は、そもそも金利のコントロールだけでインフレ目標を達成できるという考えに疑念を抱いている。 以下、その理由を説明しよう。
日銀は、前述の「総括的検証」のなかで、「予想インフレ率は、量的・質的金融緩和開始以降、2014年夏まではっきりと上昇した後(第1フェーズ)、2015年夏まで横ばいで推移し(第2フェーズ)、その後足下にかけて弱含んでいる(第3フェーズ)」と述べている(「総括的検証」の補論1)。
また、実績インフレ率とインフレ目標の乖離(かいり)をみると、予想インフレ率がはっきりと上昇した第1フェーズでは乖離幅が縮小したが、第2フェーズでは横ばい、第3フェーズでは乖離幅が拡大している(「総括的検証」の補論2)。なお、ここでの実績インフレ率は、消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)が用いられている。
つまり、日銀の「量的・質的金融緩和」は、2013年4月の導入後、2014年の夏までの第1フェーズではうまくいっていたが、2014年4月の消費税導入の影響が大方の予想を超えて深刻なことが明らかになった2014年の夏以降、その効き目が薄れ(第2フェーズ)、2015年の夏以降の新興国の景気減速の影響を受けた第3フェーズでは、実績インフレ率の低下が始まっているのだ。
この間、日銀も何もしなかった訳ではない。2014年の10月には、年間の国債購入額を70兆円から80兆円に拡大する量的緩和拡大策を実施(第2フェーズ)、また、2016年1月にはマイナス金利政策を導入している(第3フェーズ)。
やや技術的だが、前述の補論2の中に、実績インフレ率とインフレ目標の乖離幅の要因分析があり、ここに「予想インフレショック」という概念が出て来る。
日銀の説明によれば、「予想インフレショック」とは、過去の実績インフレ率や長期のインフレ予想では説明できない、短期のインフレ予想の変動要因のことである。端的に言えば、この「予想インフレショック」がポジティブかネガティブかで、金融政策の変更や為替レートの変化のようなショックが、その時点の実績インフレ率にプラスの影響を与えたか、マイナスの影響を与えたかがわかる(「総括的検証」の補論図表2-(2))。
興味深いことに、この「予想インフレショック」は、第1フェーズと第2フェーズではポジティブであったが、第3フェーズではネガティブとなっている。つまり、「量的・質的金融緩和を導入した」第1フェーズは言うまでもなく、第2フェーズの量的緩和の拡大策も、実績インフレ率の上昇に効果があったということだ。もしも、2014年10月の拡大策がなかったら、第2フェーズの実績インフレ率はさらに低下していただろう。
ところが、今年1月に導入したマイナス金利政策は、実績インフレ率にポジティブな影響を与えなかった。実際、第3フェーズでは、マイナス金利政策にもかかわらず大きく円高が進んでおり、この政策が金融緩和策として大きな効果を上げていないのは明らかである。
つまり、日銀による分析を見ても、量的緩和の導入とその拡大策は実績インフレ率に対してプラスの効果があったが、量的拡大を伴わない金利政策には効果がなかったことが示唆されているのだ。
これが、私が量の拡大を伴わない金利政策に対して懐疑的な理由である。
ここで、ベン・バーナンキ前FRB議長の政策評価を紹介しよう。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください