「勝つか負けるかわからない勝負に出たからこそ、初めて見えた風景があった」
2016年12月07日
自民党の小泉進次郎が初めて「挫折」を味わった。
昨年秋に自民党農林部会長に就任し、JAグループの巨大商社「全農」(全国農業協同組合連合会)の改革に挑んだが、思うようにいかない苦労を味わった。進次郎はどのように闘い、何を得たのか。
全農対進次郎の対決のヤマ場は11月24日午後だった。東京都内は、冷たい雨が降っていた。
午後3時半から、東京・九段下にある農林水産省の分庁舎で、改革案を最終決定することになっていた。進次郎や党の農林族議員、JAグループ幹部や、農水省幹部が集まる予定だった。
会合が間近に迫ったころ、進次郎の携帯が鳴った。
JAグループ幹部からだった。「今、中野会長にかわります」
電話に出たのは全農会長の中野吉実。「これは、私は聞いていないですよ。受け入れられない」
「これ」とは、改革案の最後に書き込まれた4行のところだった。数日前に、進次郎側が改革案に入れてきたものだ。
「(自己改革が実行されるよう)全農は、年次計画やそれに含まれる数値目標を公表し、与党及び政府は、その進捗(しんちょく)状況について、定期的なフォローアップを行う」
全農は民間団体だが、今後も、与党・政府に監視されることになる。
中野はこの4行はなくしたかった。
進次郎は返した。
「聞いていない? 私は、あなたの部下(神出元一専務ら)と握ったんだ(合意した、の意)。聞いていないなんて、そっち(全農)の問題じゃないですか。これは絶対譲れない」
中野たちJAグループ側の会議も大荒れとなった。都内のある場所で打ち合わせていた。改革案の問題の部分を受け入れるかどうか。激しい議論となった。
午後3時半。関係者が都内の各所から、九段下に集まってきた。中野は納得していなかった。自民党農水族のドンで元農水相の西川公也と別室に入り、トップ会談に臨んだ。
中野らの心配は、全農の改革をフォローアップする「政府」はどの機関か、ということだった。「規制改革推進会議(改革会議)だったら、またぐちゃぐちゃにされる」(全農幹部)
改革会議は首相直属の機関。企業経営者、学者、弁護士などが中心で、大胆な改革案を出す。安倍政権の意向をうけて最近はJAグループを標的にしており、JA関係者は忌み嫌う存在だ。
結局、「政府」とは農林水産省であることを、紙に明記することになった。事情をよく知る農水省ならいい、と全農が譲歩した。自民党の付帯決議としてA4で1枚の紙にした。
進次郎はこう話す。
「フォローアップをしっかりやる権利を得た。これは大きい。国のお金については、予算が話題になるけど、決算に関心はない。これではダメ。決算(結果)をしっかりみないとね」
「郵政とか、税と社会保障の一体改革とか、改革って後戻りすることがある。それは防ぎたい」。父・純一郎が手がけた郵政改革を意識したようだ。
改革案は25日午後に自民党本部で開かれた会議で正式に了承された。
「一言で振り返るなら、『負けて勝つ』。今回、飲むところは飲みました。勝ち取れるところは勝ち取れた」。進次郎は、記者団にこう語った。
改革案が事実上まとまったのは24日夜。翌25日の朝日新聞は「全農抜本改革見送り」という記事を1面に出した。同じようなトーンの新聞もほかにあった。一方で、改革案を評価する新聞もあり、分かれた。
進次郎はこれらの反応をまとめて「負けて勝つ」という表現をしたようだ。
この表現を理解するには、規制改革の進め方についての説明がいるだろう。立法府の国会を運営する立場として、与党側も改革案をまとめる。並行して、行政を進める政府も、改革会議が案を出す。
改革会議の提案は一般的に大胆な案が出る。それを、現実的な与党案とすりあわせて、最終的に一つの案にしていく。一般的に、改革会議の案に近づけば、マスコミからは「改革断行」と評価され、トーンダウンすれば「改革見送り」となりやすい。
今回は、改革会議の案からはかなりトーンダウンしたのは事実だった。
ただ、今回の改革会議の案は、非現実的、高すぎるボールだった。
11月11日に出された。全農が資材購買事業から事実上撤退し、組織を1年以内に縮小することなどが盛り込まれている。さらに、全国に約650ある地域農協の半分について、3年後をメドに金融部門を事実上分離することも書かれた。金融部門は農協の最大の収益源だ。特にこれがJA側の怒りを買った。進次郎の予想を超えた大きな渦になった。
最終的に、過激な改革案は、見送られた。現実的になった。全農がコスト削減や販売強化に取り組む方針を示した。一部は踏み込んだものもあるが、全体的には「目新しいものは何もない」(秋田県のコメ農家で、日本農業法人協会会長を務める藤岡茂憲)という内容になった。
「骨抜き」「改革見送り」。進次郎はこのような報道に強い不満を持った。
「改革会議の提案を水準に考えれば、そりゃ、なんでも骨抜きということになるでしょう。私が党の農林部会長になった1年前の時から考えれば、農家のための改革は進みましたよ」と進次郎は訴える。
朝日新聞の報道についても「最初から批判することを決めている、ということなんですか?」とも聞いてきた。
進次郎にとって不運なこともあった。改革会議は、全農の改革と、もう一つの改革を提言していた。約50年ぶりの生乳の流通改革だ。「政権としては生乳改革が本命だった」(農林族議員)。菅義偉官房長官の肝いりだという。バター不足を解消できると、国民にアピールできるからだ。
生乳改革をとるため、譲歩するタマとして、全農についての無理筋な改革を提言するシナリオだった。
生乳改革は一定の結果を出したが、制度がかなり複雑で報道しにくい面もあり、結果的に小さな報道になった。それよりも、全農と進次郎とのわかりやすい戦いに注目が集まった。
「骨抜き」「先送り」に注目が集まってしまった。政権の誤算だった。
生乳が本命だった政権のシナリオについては「進次郎は知らなかった」(農林族議員)という。
ただ、進次郎にも大きな責任はある。
改革会議のあまりに急進的な改革案の内容は事前に承知していた。改革会議の案をまとめる金丸恭文・フューチャー社長とはやりとりできる仲だ。もっとやり方があったのではないか。
私は進次郎にきいてみた。
「高すぎるボールが農協を予想以上に怒らせたのでは?」
進次郎からはこんな答えが返ってきた。
「どんな交渉でも、発射台というのは高いものですよ。そうでないとまとまらないですよ」
私は突っ込んだ。「でもやはりもう少し低いボールにすればよかったのでは」
すると、「ああすればよかった、こうすればよかったなんて、政治の世界はタラレバはダメです」と語った。
進次郎と議論してきたJA関係者によると、改革会議から、とんでもない高い困難なタマが飛んで来るということは、進次郎は周囲には微塵(みじん)も感じさせなかったという。JA関係者はこう話す。
「事前に本当に内容を知っていたのなら、大した役者だ」
進次郎のこれまでの発言が過剰な期待を招いた面もある。
議論が本格化した夏以降、「農業の根本的な構造を変える」「不可逆的な、後戻りできない改革を目指している」などと、ことあるごとに語った。その一方で、どういう落としどころにもっていくのか、具体的な案についてはほとんど語らなかった。私やほかの記者も、進次郎がとんでもないサプライズを計画していて、実現するのではないか、と考えたりもした。
秋になって、トーンが変わってきた。
「全農に、経済原理を超えるような改革を求めているわけではない」「マスコミに注目されないような内容になっても、しっかりやるべきことをしっかりやる」。おやっと思った。結局、びっくりする内容にはならないのかな、とも思い始めた。
今、進次郎は語る。
「自民党農林部会長って、中間管理職みたいなものなんです。一人で旗もって走って行くわけにはいかないんです」「私は農業の素人だった。農林部会長という立場で、どこまでいけるか、何ができるか常に考えてきた」
実際には、どのような落としどころにするのか、本人も良い答えが見つからなかったのだろう。
全農は、民間団体。なかなか強制的に改革は求められない。農水省が2000年代から何度か改革の必要性を提言してきたが、徹底されなかった。進次郎ほどの発信力をもってしても、短期間にできることは限られる、ということが改めて浮き彫りになった。
進次郎にとって初めての「挫折」だ。2009年に初当選。自民党が政権に復帰してからは復興大臣政務官として被災地復興にあたるなどした。その後は、党の青年局長。「強い抵抗にあうような仕事はなかった」(地元関係者)。それが今回、JAグループという最大級の政治力を持つ団体を相手にした改革。思うようにはいかなかった。
進次郎は今振り返る。
「政治の世界は一寸先は闇という本当の意味もわかった。また抵抗勢力が具体的にどのような抵抗をするか、どのような包囲網をひくか。その姿もまざまざと見た」
「戦うといってくれて本当に戦ってくれる人、実際は戦ってくれない人。それもわかった」
「勝つか負けるかわからない勝負に出たからこそ、初めて見えた風景があった。その経験は大きい」
ここ10年の農政を間近で見てきた立場からいうと、進次郎の改革は評価できる。
「実際に農家がモノをかっている全農に焦点をあてた。生産資材の問題もステージにあげた。これまでなかったことでしょう」と進次郎は話す。正確にいえば、過去にも農水省が、JAの生産資材の話については問題にしたことはある。しかし、ここまで突っ込んだことはなかったし、世間的には知られなかった。今後、与党・政府がフォローアップしていくという枠組みを作ったので、一定の効果は期待できると思う。
JAグループに対して、自らの意思で公然と改革に挑もうとした政治家は、私が知る限りでは、農林水産相時の石破茂と小泉進次郎の二人しかいない。
石破は、コメの減反廃止に取り組もうとし、JAグループとぶつかった。当時は野党転落目前の麻生政権時で、改革は頓挫(とんざ)した。
進次郎は、JA改革を掲げる、強い安倍政権の下という良い条件はあった。それでも自らはっきりモノをいい、時には全国のJAグループから非難も受けて1年近くを戦った。並みの政治家ができるものではない。
政治家とのパイプを持つ全農会長の中野が、夏に自民党幹事長の二階俊博を訪ねたことがあった。おそらく、小泉の急進的改革をいさめるように、中野が二階にお願いしたとみられる。
「二階幹事長に何か言われたのか」と進次郎に聞くとこう返ってきた。
「僕には前からも後ろからも鉄砲のタマが飛んできてますよ」
ただ、今回の改革が大きな効果を生み出せるかは不透明だ。今の改革機運がいつまで続くかわからないからだ。まず、JA改革を掲げる安倍政権がいつまで持つのか。改革の必要性の根拠となっていた環太平洋経済連携協定(TPP)も、当面は発効されないことが確実になった。
根っからのJA改革論者で、小泉氏の後ろ盾でもある農水事務次官の奥原正明もいずれ退官する。農水官僚のほとんどはJAとは穏便にやりたいと思っている。小泉氏も来年秋には農林部会長の座を降りるだろう。
本人は「農業は完全に僕のライフワークになった。フォローアップしていくよ。第2ステージはまた来る」と話すが、また別のテーマに引っ張りだされ、政治の階段を上っていくだろう。
全農にしても、今は改革しようという気持ちはある。しかし「のど元すぎれば」ということは十分ありえる。資材の価格は原油価格や経済状況に影響される面もある。
全農の成清一臣理事長は11月30日の会見で「政府与党にフォローアップしてもらわなくてもいいくらい、スピードをやらないといけないと思っている」と改革に前向きな姿勢を見せた。資材担当の山崎周二常務も、問題視された全農の手数料について「業務の効率化、経費圧縮するなどで手数料を下げる努力をしていく。農家に納得してもらえるよう、『見える化』していく」と述べた。
全農改革の機運がこのまま維持されるよう願い、ウォッチを続けていきたい。(文中敬称略)
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