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目、耳、口を閉ざして行き詰まった英国のエリート

「国民の声をあるがままに聞く」―これが政治エスタブリッシュメントのキーワードだ

小林恭子 在英ジャーナリスト

 昨年、英国は国民投票で「ブレグジット」(欧州連合=EU=からの離脱)を決定した。離脱派政治家たちは「英国を自分たちの手に取り戻そう」、「投票日を独立の日と呼ぼう」など、耳に心地よく響く言葉で国民の心をつかんだ。ポピュリズム=「大衆迎合の政治」=の勝利とも言われている。

 欧州各国では今年、国政選挙、大統領選挙が目白押しだ。支持を拡大させているのは反移民の極右系政党。年末のベルリンテロで排他的政治圧力が強まりそうな欧州は、どこに向かうのだろうか。(在英ジャーナリスト、小林恭子)

EU離脱を実現させた「本当の、ふつうの、まともな人々」

英国独立党ファラージ氏のフェイスブックサイト拡大英国独立党ファラージ氏のフェイスブックサイト

 「本当の、ふつうの、まともな人々の勝利だ」

 英国のEUからの脱退を20年以上訴えてきた、英国独立党(UKIP)の党首(当時)ナイジェル・ファラージ氏は、6月23日の国民投票の翌日、そう宣言した。「本当の人々」とは、地元のパブに集まって、ビールを飲んだりしゃべったりしながら夜を過ごす、決して収入は高くない男性たちとその家族だ。

 残留派を主導したエスタブリッシュメント層にパンチを食わせたファラージ氏は、自分自身がエリート層の道を歩いてきた。名門の中高教育機関「パブリック・スクール」の1つダリッジ・カレッジで勉学後、大学には行かなかったものの、ロンドンの金融街シティのトレーダーとなった。

 保守党党員だったが、1990年代前半、時のメージャー首相がマーストリヒト条約によってEUを創設したことに反発して離党。EUの官僚機構から英国を独立させるべく、仲間とともにUKIPを結成した。

 長い間、UKIPは泡沫政党とみられてきた。

 EUの前身であるECには1973年に加盟した英国だが、EC ・EU懐疑論は市民の間では長く続いてきた。それでも、脱退は多くの人にとって完全な想定外だった。加盟年月が長くなれなるほど、EUの一部であることがふつうになっていたからだ。

 過去何十年にもわたり、域内での人、モノ、サービスの自由な行き来の原則の下、EUの他国フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなどから移民がやってきた。このときは移民の流入自体が大きな社会問題とはならなかった。格安航空券を利用して自分たちが休暇に出かけたり、家を買ったりする国から来た人々にはなじみがあった。

旧東欧諸国を中心とする10カ国が加盟し、風向きが変わった

残留派のために創刊された週刊新聞「ニュー・ヨーロピアン」拡大残留派のために創刊された週刊新聞「ニュー・ヨーロピアン」

 2004年、ポーランド、チェコ、リトアニアなど旧東欧諸国を中心とする10カ国がEUに一挙に加盟して数年すると、受け止め方が変わってきた。

 多くの加盟国は、新規加盟国からやってくる移民が自国の雇用市場に負の影響を及ぼすことを警戒して、「猶予期間」を設けて当初は新規移民の流入に条件をつけた。しかし、アイルランドと英国だけはほとんど条件をつけなかった。新規加盟国からの移民は、経済の活性化に貢献すると思われたからだ。

 現在までに、筆者が住むロンドン近辺ではレストラン、コーヒーショップ、ホテル、映画館など飲食業や接客業、病院、学校、大工、水道工事など、ありとあらゆる職業にこうした国々からやってきた人々が働く。

 移民である筆者でさえ、東欧言語らしい言葉を話す人々に囲まれていると、「一体、ここはどこの国なのだろう」とふと思ったりする。

 また、英国では医療サービスを受けるためには地元の主治医に登録する必要があるが、ここ数年ほど、クリニックが混雑してしかたがない。学校では生徒数が増え、1クラスの生徒数を多くせざるを得なくなった。同様の状況が英国各地で起きていた。

「職が奪われている」―苦しむ国民はそう思うようになった

 2008年の金融危機を受けて政府が緊縮財政を敷くと、公的サービスの削減に苦しむ国民は「移民が生活を圧迫している」「不当に賃金水準を下げている」「職を奪っている」と思うようになった。

 「流入移民の削減」が政治課題となり、キャメロン政権は「純移民数(流入した人の数から出て行った人の数を引いた数)を10万人以下に納める」と宣言したが、これがほぼ実現不可能なことは明らかだった。ほかのEU諸国からの移民がやって来ることを止めることはできないからだ。

 国家統計局の発表によると、昨年6月までの1年間の純移民数は33万5000人。これまでで最高の数となった。EUからの純移民数は18万9000人。これも過去最高だ。「10万人」という目標がいかに非現実的かが分かる。

国民は「ヒント」を出し続けた

 国民の中には移民の流入を制限して欲しいという思いが募ったが、これをまともに聞いてくれる政党は一つもなかった。UKIPを除いては、である。

 生活のあらゆる面にEUの法律の影響が及ぶ中、「何でもEU官僚に決められている」ことへの不満感も国民の中に生まれていた。

 「海を越えた欧州大陸で、自分が投票したわけでもない政治家に牛耳られているなんて、嫌だ」という声を、筆者は何度聞いたことか。実際は、5年に1度、欧州議会議員選挙が開かれ、英国民であれば投票できたが、参加感は希薄だった。自分が住む地域を代表する欧州議員の顔を思い浮かべることができる人は皆無といってよかった。

 EU官僚の手から完全に逃れるには、EUから出るしかない。

 しかしこれは想定外であり、英国の政治家の中でこれを政策として取り上げてくれるところはなかった。これもUKIPを除いては、である。

 下院選挙では1議席も取れなかったUKIPだが、地方議会では次第に議席を獲得していった。国民は「ヒント」を出し続けてきたが、この流れをどの主要政党もまともに直視することはなかった。

エスタブリッシュメント層は人々の本音を無視した

 主要政党の政治家、メディア、大企業幹部、多くの学者などいわゆる「エスタブリッシュメント」層が人々の本音を無視していると筆者が思ったのは、2014年の欧州議会選挙だった。

 この時、UKIPは英国に与えられた議席数の中で第1党となった。EUからの脱退を目指す政党が欧州議会選挙で第1党となるとは、いかにも皮肉である。

 しかし、国民はここで声を発していた。

 BBCの選挙特別番組に出ていた政治記者ニック・ロビンソン氏の態度が、筆者には今でも忘れられない。UKIPがどんどん議席数を伸ばしていくのを「あれは泡沫政党でしょう」と繰り返しながら、結果を信じようとしなかった。

 キャメロン首相(当時)も長い間、UKIPは「イカれた人がいる政党」として扱っていた。

移民に対する不満はタブーだった

 なぜエスタブリッシュメント層はUKIPをまともに受け取らなかったのか?

 筆者が考えるところでは、それは移民に対する不満はタブーだったからだと思う。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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