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首脳外交としてはかなり危うい日米首脳会談

負担増を求めぬとは確約していないトランプ政権、水面下の交渉を注視せよ

尾形聡彦 朝日新聞機動特派員

異例の厚遇と背中合わせの危険

大統領就任が決まったトランプ氏(右)と会談し、握手する安倍晋三首相。後方は長女のイバンカ氏夫妻=2016年11月、米ニューヨーク、内閣広報室提供大統領就任が決まったトランプ氏(右)と会談し、握手する安倍晋三首相。後方は長女のイバンカ氏夫妻=2016年11月、米ニューヨーク、内閣広報室提供

 日本時間の2月11日未明(米東部時間10日午前)、安倍晋三首相とトランプ米大統領が、トランプ氏の大統領就任後初の日米首脳会談に臨む。米東部時間10日にホワイトハウスで会談したあと、大統領専用機(エアフォースワン)でトランプ氏のフロリダの別荘に向かい、11日には別荘のそばでゴルフまで共にする、というまさに異例の厚遇だ。

 10日午前のホワイトハウスでの首脳会談のあと、記者会見をはさんで昼食、さらに同日の夕食会、ゴルフをする日にも11日の昼食と夕食と、計4回も食事をともにすることになりそうで、私もホワイトハウスを取材したなかでこうした厚遇は聞いたことがない。オバマ大統領が2013年6月、中国の習近平国家主席と、カリフォルニア州パームスプリングス近郊で2日間にわたって約8時間会談したことがあったが、トランプ―安倍会談はそれを超えるものだ。

 だが、うまい話には、危険もつきものだ。

 トランプ氏の出方がよくわからないまま、長時間にわたって実質2人で会話をするのは、信頼関係を築ける反面、難しい要求をつきつけられて即答を求められるおそれもあり、危険な面も大きい。

表向き「同盟の重要性」「雇用創出」をうたうのがシナリオか

 米東部時間10日午前の最初の日米首脳会談は1時間弱、そのあとすぐに記者会見が開かれる予定なので、記者会見では「日米同盟の重要性を確認」といった表面的な内容しか出てこない可能性が高い。

 また、ホワイトハウス高官は9日の事前電話会見で、会談の成果の見通しを聞かれて、「具体的な話は日本側に聞いて欲しい」「安倍首相は、トランプ大統領のプライオリティーがジョブ、ジョブ、ジョブ(雇用、雇用、雇用)だということが良くわかっている」とも話している。

 高官の話からは、今回の日米首脳会談では、日米同盟の重要性を確認すると共に、安倍首相が米国での「70万人雇用創出」を訴えて、トランプ氏がこれを大歓迎する、というシナリオが見える。

ゴルフではトランプ氏と丸腰で向き合うことになる首相

 むしろ、こうした表面的な部分よりも大事なのは、ゴルフや食事などの非公式な場で、どんな会話がなされるかだ。トランプ氏は、5日の米ラジオのインタビューで、週末の安倍首相とのゴルフについて聞かれた際、「彼(安倍首相)が、私のパートナーであることを確かめる I'll just make sure he's my partner 」と言っている。

 11日のゴルフでは特に、トランプ氏と、安倍首相が2人きりで話す場面が増えるだろう。米国大統領のゴルフは、オバマ前大統領がゴルフに興じていたときの様子を例にとると、まわりをシークレットサービスが警戒しているものの、基本的にはプレーヤーとごく少人数だけがつき従うのが普通だ。

 トランプ氏と安倍氏のゴルフも同様になる可能性がある。

 10日の日米首脳会談では、両国の閣僚や高官がずらりと並ぶ形式になるが、11日のゴルフは、安倍首相の随行員は極端に減り、首相はトランプ氏といわば丸腰で対峙(たいじ)することになる可能性がある。

 通商ではライバル関係にある日米の競争のなかで、いわば、敵陣に自陣のトップがほとんど1人で乗り込むような構図に見える。トランプ氏は、ゴルフの場で、「安倍首相がパートナーかどうかを見極める」という意向なだけに、安倍首相は突っ込んだやりとりを求められるだろう。トランプ氏の出方は見えない。それだけに、首脳外交としては、かなり危うい部分があるのは否めない。

さらなる要求を突きつけられる可能性

 安倍首相は、「有言実行」がモットーのトランプ氏から、自動車から米国の対日貿易赤字、在日米軍の駐留経費負担、為替問題に至るまで、困難な課題を突きつけられる可能性がある。

 日本政府は、1980年代の日米貿易摩擦の二の舞にならないように、「米国での70万人の雇用創出」を打ち出して機先を制したい考えのようだが、トランプ氏は、「自動車」「貿易赤字」「製造業への米国内への工場移転要求」「為替問題」など、すでに対日要求の柱を明確にしている。安倍首相は、「米国での70万人の雇用」というカードをすでに切ってしまっているだけに、トランプ氏側から水面下でさらなる要求を突きつけられる可能性は高いと思われる。日本側の思い通りに行くのかどうかは疑わしい。

 特に、課題の一つは在日米軍の駐留経費問題だ。

 先週末のマティス米国防長官の来日の際には、マティス長官が、「駐留経費、負担増求めず」といった形での報道が多く、日本政府は安堵のため息をついた、といった雰囲気だった。

 しかし、会見のやりとりを見ると、マティス長官は、今後、日本に駐留経費増を求めない、と言ったわけではないと私は感じる。

「模範だった」、マティス長官が現在完了形で発言したことに留意せよ

記者会見を終え、稲田朋美防衛相(右)と握手をかわすマティス米国防長官=2月4日、東京・防衛省記者会見を終え、稲田朋美防衛相(右)と握手をかわすマティス米国防長官=2月4日、東京・防衛省

 記者から「日本に米軍の駐留経費について、さらなる負担増を求めるのか」と聞かれたマティス長官が述べた答えは以下のようなものだ。

 「コストの共有や、負担の共有の面で、日本は(他国の)モデルだったと、私は思う。我々は、コンスタントに対話しており、我々はこの問題について細部を詰めている I believe that Japan has been a model of cost sharing, of burden sharing. We have constant dialogue about this, we work through the details 」

 これを受けて、テレビなど多くの日本メディアは、マティス長官が、日本の駐留経費負担を「モデルだ」と言ったことをとらえ、「マティス長官は『モデル』だと言っており、日本の駐留経費負担が適切だという認識を示した。だから、米国は日本に負担増を求めないのだ」というロジックで解説していた。稲田防衛相とマティス国防長官での会談で、負担増の話が出なかったことも、論拠の一つとされていた。

 たしかに、マティス長官は、日本が駐留経費の75%を負担し、他国に比べてずっと多い割合を負担している現状を踏まえ、「モデル(模範)」とは言っている。

 しかし、マティス長官の発言では、「模範だった」という現在完了形で言っていることに留意することが重要だと、私は思う。

 マティス氏は、「過去から現時点までは、模範だった」といっているだけで、今後どうするかにはコミットしていない。複数の英語のネイティブスピーカーにも確認したが、やはり同意見で、「マティスの発言は過去について語っているのであり、これから先について語っているわけではない」という見解だった。

 つまり、マティス長官は、「日本の駐留経費負担はこれまではモデルだった」と言っているのであり、今後については明言していないと考えたほうがよいのだ。長官は、「コンスタントに対話している」とも述べており、今後の交渉にも含みを残している。

「I believe」という言葉をなぜ付け加えたか

 さらに、この発言冒頭で、I believe (私は思う)という言葉を付け加えていることも気になる。

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