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メイ首相への退陣コールが強まる 視界不良の英国

「強く安定した政権」を望んだ市民と「みんなのための政治」を望む市民に二分された

小林恭子 在英ジャーナリスト

 6月8日、英国で総選挙が行われ、直前の予想を裏切って与党・保守党が過半数の議席を取れずに終わった。第1党にはなったものの最大野党・労働党との差が縮小し、「大敗」の印象がついたメイ首相への退陣コールが日々、強まるばかりだ。総選挙前後の市民の声に耳を傾けてみた。

メイ首相の評判は上々だったが……

ロンドンで6月9日、総選挙の結果を受けて、バッキンガム宮殿に向かうため首相官邸を出るメイ首相(右)=ロイター 拡大ロンドンで6月9日、総選挙の結果を受けて、バッキンガム宮殿に向かうため首相官邸を出るメイ首相(右)=ロイター

 メイ首相が総選挙の実施を呼びかけたのは、今年4月。「ブレグジット」(英国の欧州連合からの離脱)交渉に向けて、「強い、安定した政権」を打ち立てるのが目的だった。選挙直前の保守党の議席数は331。最大野党労働党とは約100議席の差があった。

 この時、複数の世論調査の支持率では、保守党は労働党を20ポイントも引き離していた。選挙をやるなら今しかない、とメイ首相が思っても不思議はなかった。選挙をすれば、メイ首相の一人勝ちになるだろう、と政界、メディア、国民の多くが漠然とそう思っていた。

 5月上旬、下院が解散し、選挙戦が始まった。

保守党対労働党

コービン党首(左)の労働党が勝つかメイ首相の保守党が勝つか?賭け屋のウィンドーに貼られたポスター拡大コービン党首(左)の労働党が勝つかメイ首相の保守党が勝つか?賭け屋のウィンドーに貼られたポスター

 スタート時点の各政党の状況は以下のようであった。

 二大政党制が長い英国では、保守党か労働党のいずれかが政権を担当するのが通例だ。

 保守党(定員650の331議席)を率いるメイ首相は昨年7月、前任者キャメロン氏の辞任により党首・首相に就任。特権階級のためではなく「国民すべてのための政府」を主張し、社会正義の実行を確約した。

 「ブレグジットはブレグジット」が合言葉で、ハード・ブレグジット(EUの単一市場および関税同盟から離脱)を行う、と述べた。

 ブレグジットに向けた国民投票実現への機運を作った英国独立党(UKIP)支持者や、労働者階級の国民が支持する労働党の支持者を取り込むことを狙った。税金を高くしない「小さな政府」を目指している。

 一方の労働党(229議席)は左派系ジェレミー・コービン氏が党首。雇用維持を優先、基幹産業の国有化、核兵器のボタンを押さないなど、ブレア首相が中心となった「ニューレイバ―(新労働党)」が否定した古い労働党の政策を支持し、党の下院議員から「ジェレミーでは選挙に勝てない」と大きな反発を引き起こした。

 党首選に2度勝ち、ようやく「コービン降ろし」の嵐を鎮めた。税金を使って国民の生活を向上させる「大きな政府」を政策の基本とする。選挙のスローガンは「みんなのための政治」だ。

 スコットランド国民党(54議席)はスコットランドの英国からの独立を目指す。国民投票ではスコットランドの有権者は残留を選択した。ニコラ・スタージョン党首はブレグジットでスコットランドがEUから切り離されてしまうことを危惧。独立するかどうかの2回目の住民投票を実施したいと思っている。

 自由民主党(8議席)はリベラル、親欧州の政党でティム・ファロン氏が党首。国民投票では残留を支持し、ブレグジットが決まった現在も、第2の国民投票を行うことで離脱を覆すことを狙う。選挙では残留派国民からの支持を狙った。

 英国独立党(1議席)はポール・ナッタル氏が党首(当時)。反移民の政党で、ハード・ブレグジットを主張。前回2015年の選挙では約400万票を取得し、今回はさらなる票の獲得を目指した。

保守党支持者の声は

保守党支持のウィダップさん(撮影:小林恭子)拡大保守党支持のウィダップさん(撮影:小林恭子)

 「もちろん、保守党に投票する」というのは、ロンドン郊外の住宅街に住むデービッド・ウィダップさん。元税理士で今は退職の身だが、広々とした庭を持つ一戸建ての家にドイツ人の妻と住む。子供たちは成人して家を出て行った。

 「メイ首相なら、ブリュッセル(EU本部)と堂々と交渉してくれる。ブレグジットを実現してくれる」

 ウィダップさんの子供たちは昨年6月、EU加盟残留か離脱かを巡る国民投票で残留を支持したが、ウィダップさん自身は離脱に票を入れた。

 「EUの官僚にこれ以上うるさいことを言われたくない。アメリカ、インドそれに世界中のほかのたくさんの国と自由貿易協定を結べばいいんだから」

 ウィダップさんにとって、ハード・ブレグジットの実現を主張するメイ氏の保守党は夢を実現する政党だ。

 ウィダップさんは何十年も保守党に投票しており、今回もこれは変わらないという。高等教育を受け、ホワイトカラーの職に就いた後で裕福な年金生活者となったウィダップさんは保守党支持者の1つの典型だ。

「保守党は信頼できない」

 ウィドロップさんとは正反対で、長年労働党に投票してきたのがベリル・リーランドさん。元美容師の年金生活者で、英東部へメル・ヘムステッドに住む。離婚後、子供たちを一人で育て上げた。

 「今度も労働党に投票する。保守党は国民からお金を巻き上げることばかり考えている。ブレグジットとの交渉もうまくいかないと思う。雇用にも悪影響があると思う」

 「もし保守党がまた政権を取ったら、いやな人員削減とか医療サービスの削減になる。労働党はもっと住宅を建設してくれると言っている」

 コービン労働党党首は北アイルランドの武装組織「IRA」と親しい関係だったなどのうわさがある、と聞いてみると、「そういうことも言われているが、本当かどうか。いずれにせよ、ずいぶん昔の彼が若かった時のことでしょう。気にしない」。

 リーランドさんは「とにかく、保守党は信頼できない」と続けた。

「ジェレミーにはがっかりだ」

 旧来の労働党支持者がすべてコービン党首を支持していたわけではない。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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