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アジアインフラ投資銀行(AIIB)の行方

日本は加盟を視野に対話と連携を進める時が来ている

竹内幸史 ジャーナリスト

 中国の世界戦略「一帯一路」構想と共に、国際金融機関のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が注目を集めている。AIIBに対しては慎重な姿勢を保っていた安倍政権も、ようやく参加に関心を示し始めた。5月に来日したAIIBの金立群総裁へのインタビューから、AIIBの今後と日本のかかわりを考えてみたい。

投資資金の巨大な需要に対応

 まずAIIBは、どんな組織なのか、振り返っておこう。

 中国の習近平国家主席の肝煎りで、2016年1月、北京で創業された国際金融機関だ。鉄道など運輸、電力などエネルギー、水関連などインフラ設備の建設への融資に特化している。

 AIIBのホームページでは事業目的について、こう書かれている。「地域のインフラ建設に必要な資金は、2015年から2030年の間に40兆ドルなのに対し、供給できる資金源は限られ、21兆ドルの資金ギャップがある。AIIBは官民のパートナーと力を合わせ、持続的なインフラ投資を支援する」

 たしかに、開発途上国のインフラ建設では、貧困対策や産業高度化のためだけでなく、気候変動対策も加わり、資金需要は巨額にのぼる。中国は3兆ドル以上に膨らんだ世界最大の外貨準備を使い、国際的な地位向上につながる貢献を望んできた。国際通貨基金(IMF)や世界銀行への出資金の増額に応じてきたのも、その表れだ。

 ところが、米国は自ら主導して築いた金融通貨体制の国際秩序である「ブレトンウッズ体制」の再構築に乗り気ではない。IMFの増資が決まってから米議会が批准するまで、5年もかかった。日本も、日米で主導するアジア開発銀行(ADB)の最大出資国であり、1966年の設立以来、総裁ポストを独占し続けている立場を揺るがしたくない。

 中国がAIIBを設立した背景には、こうした事情がある。

「爆弾除去の達人」の異名も

インタビューに答えるAIIBの金立群総裁インタビューに答えるAIIBの金立群総裁

 総裁の金氏は、今年5月上旬に横浜で開かれたアジア開発銀行(ADB)の設立50周年記念総会に出席した。各国の財務相らと活発に会談する様子を見ると、AIIBがしっかりと国際金融コミュニティーの市民権を得た印象だった。

 金氏に会ったのは、10年ぶりだ。彼がアジア開銀の副総裁だった2007年、マニラのアジア開銀本部でインタビューをした。彼は中国財政部の次官まで務めた大物官僚だ。1997年にアジア通貨危機が起きた時には、財政部で迅速な対応を指揮し、中国に悪影響が及ぶのを食い止めたことから、「爆弾除去の達人」との異名もある。初めて中国出身のアジア開銀の副総裁となり、中央アジア・南アジアを担当した。

 当時、アジア開銀は中国人職員の採用を増やしていた。金氏は「中国の人材が必要とあれば、何人でも提供できる」と豪語し、中国の豊富な人材資源を強調した。

 さらに、中国の二国間援助の拡大について聞くと、「池を泳いできたからこそ、学んだ泳ぎがある」と、開発ノウハウに自信を述べた。

 その一方で、中国とアジア開銀の援助がフィリピンの事業で競合した例についてたずねると、「二つの石を一度には飛べない。巨大な開発途上国である中国がドナーに転じた実績がもっと評価されてよいではないか」と、にらまれたこともある。英語で故事やレトリックを巧みに使い、相手を引きつける話術が持ち味だ。柔らかな笑みを浮かべながらも、まなざしに強い意志があふれていた。

 今年68歳になる金氏は、一段と重厚感を増していた。わずか20分足らずの会見だったが、熱っぽく話す姿勢は相変わらずだった。

「中国の銀行ではないし、一帯一路のための機関でもない」

――設立後1年半になるAIIBは、アジア開銀や世銀との協調融資が多く、「安全運転」に努めてきましたね。運営方針をどう考えていますか。

金氏 「AIIBはアジアの膨大なインフラ建設ニーズに対応する目的で設立された。現在は資本の75%のシェアはアジア域内国の出資だが、加盟は年内に世界の85カ国・地域に拡大する見通しだ。将来はアジア域外にも融資していく。AIIBが多くの国に支持される理由は、単にインフラ投資への期待だけではない。グローバル、かつ地域的な連結性を増し、幅広い基盤で経済社会開発を促進する国際協力の精神によるものだ」

 「世銀やアジア開銀ともオープンで、包摂的な協力をしている。中国はAIIBを設立しても、世銀やアジア開銀にある(低開発国支援に充てる)譲許性の高いファンドへの拠出金を減らしていない。設立前は、他の国際機関と競合するとか、金融のセーフガード措置を無視するのではないかと心配されたが、それは間違いだったことが証明された」

――中国は「一帯一路」構想を進めていますが、AIIBも結局は一帯一路の実現が目的ではないか、という懐疑的な見方があります。

金氏 「一帯一路の提案は、中央アジアや中東などと貿易を育んだ古代のシルクロードに由来する。このアイデアを進化させ、ウィンウィン関係で協力を進めることがグローバル、かつ地域的な連結性を実現するうえで重要だ。だが、AIIBは中国の銀行ではない。多国間機関の融資基準に合致していると理事会で認可されれば、一帯一路の事業に資金を出すこともあるが、あくまで独立したものとして運営する。一帯一路との関連にかかわらず、持続性があり、環境基準を満たしている事業なら、融資していく」

――職員の陣容は、アジア開銀が約3000人いるのに、AIIBは現在100人程度です。今後、どの程度の拡大を図るのですか。

金氏 「現在、5人いる副総裁のうち3人が欧州、2人がアジアの出身だ。職員も国籍に関わりなく、あらゆる専門人材に門戸を開いている。事業の発注は、インフラのニーズとガバナンスに対応できれば、日米企業を含めて全ての企業に開かれた競争入札を実施している。このような点からも、AIIBが中国の銀行でないと分かるだろう。日本の政治家や政府関係者がAIIBを前向きに考えてくれれば、ハッピーだ」

 「現在は資本金が1000億ドルあり、新規加盟国を受け入れながら、実際の需要に見合った陣容を段階的に整えていく。最大でどれだけの陣容が必要なのか、今は言えない。日本人の幹部職員の採用も検討している」

――ところで、中国のインド洋戦略は「真珠の首飾り」とも呼ばれています。インドを封じ込めるようにミャンマー、スリランカなどインド周辺国に港湾インフラ建設を進めてきましたが、AIIBではインドは重要な加盟国ですね。

金氏 「インドには今年5月、AIIBから初の融資を決めた。AIIBはあくまで非政治的な多国籍機関だ。国境問題や水問題など紛争に関連するような事業には決して関与しない。そうした原則を堅持している」

――北朝鮮はまだAIIBに加盟していませんが、将来はAIIBが北朝鮮のインフラ建設を支援する可能性もありますか。

金氏 「いかなる国であれ、この銀行の加盟国になった時には、私たちは定款に従って対応していく」

「金融秩序を乱す」懸念は薄らぐ

ミャンマーのベンガル湾岸にあるチャウピューに中国が建設したガス基地。これも「真珠の首飾り戦略」の一環と言われるミャンマーのベンガル湾岸にあるチャウピューに中国が建設したガス基地。これも「真珠の首飾り戦略」の一環と言われる

 AIIBに対しては、「ワシントン・コンセンサス」に挑戦する「北京コンセンサス」を象徴するものだ、という見方がある。だが、金氏は「中国主導」の色彩を抑制気味にしていたのが印象的だった。

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