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日本郵政は大型M&Aから手を引いたほうがいい

野村不動産HDの買収を断念、トール社買収でも失敗、根強い「お役所体質」

山田修 ビジネス評論家、経営コンサルタント

2017年3月期の決算発表をする日本郵政の長門正貢社長(左)と市倉昇専務=5月15日

 日本郵政は6月19日、野村不動産ホールディングス(HD)の買収案件について「現時点において検討を行っている事実はない」とのコメントを発表した。野村不動産HD側も「中止することになった」と発表した。

 買収計画が2017年5月中旬に表面化して以降、野村不動産HDの株価はほぼ2,000円から2,447円(6月16日)へと約20%も値上がりしてしまった。筆頭株主は野村証券を有する野村ホールディングスで33.7%を保有している。日本郵政は野村グループと交渉を行ってきた。

 野村ホールディングスは野村不動産HD株を約6,480万株所有しているので、2,400円時価だと評価額約1,550億円となる。M&A買収交渉なので、日本郵政はプレミアムを乗せなければならない。交渉額は2,000億円台となり、その価格で合意できなかった、ということだろう。

 一般市場から残りの株をすべてTOB(公開買い付け)するところまで日本郵政が踏み込むつもりだったのなら、さらにその2倍の資金投入が必要となった。つまり、最大で6,000億円規模の案件だった。

トール社買収でやけどした日本郵政に慎重論

 今回の買収案件は、シナジー効果があまりなかった、と私は見ている。確かに日本郵政もグループとして多数の不動産を有しているが、その大部分は小店舗サイズの郵便局だ。一方、野村不動産HDは大型マンションの開発や管理を主要業務としている会社である。駅前の小さな郵便局の土地にマンションを建てるわけにいかないし、その小さな郵便局の管理を大手である野村不動産HDに委託するメリットもない。

 野村証券は、日本郵政が2015年に上場したときの主幹事という縁があった。大型M&Aを実現したい日本郵政がその縁にすがったという、「投資有りき」で始まったディールなのだ。

 日本郵政が大型M&Aを希求したのには、今同社が置かれている状況、タイミングがある。今年1月に政府が日本郵政株の2次売却を決定したのだが、それには15年に初上場した売り出し価格1.400円を市場価格が上回っていなければならない(6月20日終値1,387円)。

 ところが、日本郵政は17年3月期で初の最終赤字289億円を計上してしまった。一方、野村不動産HDの同期純利益は470億円だったので、同社を取得して日本郵政の財務を大幅に改善しようともくろんだわけだ。

 日本郵政が赤字に沈んだ最大の原因は、郵便事業を担当、展開している子会社、日本郵便が3,848億円の当期損失を計上したからだ。そしてその原因は、15年に日本郵政が買収して日本郵便の子会社とした、オーストラリアの物流会社トール社ののれん代を全額減損処理して4,161億円の損失を計上したことにある。

 のれん代とは企業をM&Aした時、相手側の純資産額と買収価格の差額として計上されるものである。15年に6,000億円強を投資して買収したトール社には、4,000億円強も余分に払った。その時点ではその差額は回収できるとしたのだが、17年3月期になって、それを諦めたので損失計上した、ということだ。

 日本郵政はそのリカバリー・ショットとして野村不動産HDのM&Aを目指した。ところがトール社という大型投資案件の失敗に懲りた内部や大株主である政府の慎重派が、野村不動産HDの株価伸長によって不安の声を大きくしたので、今回のディールは流れてしまった、という成り行きだ。

 つまり、一連の騒動はトール社に始まり、トール社で終わったということだ。

西室泰三前社長の負の遺産、トール社買収

 オーストラリアの物流会社トール社の買収を決断したのは、日本郵政前社長西室泰三氏である。西室氏は郵政民営化に当たり、13年に初代社長として政府により迎えられた。15年に日本郵政グループ3社を同時上場させる陣頭指揮を執り、実現させたのだが、この巨大グループをさらに成長すべく画策したのが大型M&Aである。

 トール社の買収は西室社長(当時)の独断的な決定だった。6,200億円という買収額も、

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