タリバーンによって爆破された世界遺産をどう未来に継承するか、論争が続いている
2017年10月26日
アフガニスタンの世界遺産、バーミヤンの大仏を覚えているだろうか。
イスラム原理主義勢力、タリバーンによって16年前、粉々に爆破された。この遺跡をどう未来に継承するか、地元アフガンと日欧の専門家の間で論争が続いている。ドイツが大仏の再建を提唱しているのに対し、日本は再建に慎重で、破壊された状態のまま「負の歴史」として保存しようという意見だ。結論が出るのは来年以降になる。
9月末から6日間にわたり、東京・上野の東京藝術大学で「バーミヤン大仏の未来」をテーマにした会議があった。ユネスコ(国連教育科学文化機関)などが主催し、アフガン政府や日本、欧州、米国、中国などの文化財の専門家ら約80人が参加し、日独伊3カ国のチームから大仏再建を含む提案がされた。
ここでバーミヤンはどんなところか、振り返っておこう。
首都カブールから北西230km、標高7000m以上の山々に囲まれた古代シルクロードの渓谷地帯にある。紀元6世紀ごろ、断崖に彫られた東西二体の大仏や、約1000カ所の石窟に描かれた壁画、仏塔がある。三蔵法師として知られる中国僧、玄奘は7世紀にここを訪れ、当時は巨大な涅槃仏もあったことを旅行記「大唐西域記」に書き残した。発掘調査の課題が依然として大きい貴重な仏教遺跡なのだ。日本からは天皇陛下が皇太子時代の1971年にバーミヤンを訪問した。当時のアフガンは王政の時代で、バーミヤンは立派な観光地だった。
ところが、偶像崇拝を否定するタリバーンは2001年3月、国際社会の反対を押し切って大仏を爆破した。その翌2002年、筆者もバーミヤンを訪問した。当時、東京藝大学長でユネスコ親善大使だった日本画家、平山郁夫氏(故人)の現地入りを取材した。
1960年代からアフガンを訪問し続けた平山氏は、破壊された無残な大仏の姿をスケッチに描き、世界遺産にして保護することを望んだ。だが、大仏再建には否定的で、「広島の原爆ドームやドイツのアウシュビッツように、そのまま人類の『負の遺産』として後世に遺し、蛮行を二度と繰り返さないというメッセージにすべきだ」と語った。平山氏自身、広島で原爆を体験した思いもこもっていた。
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