彼女たちに応えたのが、なぜ白石容疑者だけだったのか
2017年11月16日
事件が明るみに出たのは10月31日だから、すでに3週間近くがたつ。しかし、この事件に関しては肝心のことがわかっていない。「白石容疑者は何のために9人もの若者を殺害したのか」ということ、つまり動機の部分が見えてこないのだ。
実は、見えてこないのは加害者の動機の部分だけではない。これまで加害者が何を考えてきたのか、また被害者らがなぜ面識のない加害者と会う気になったのか、それまでどんなことを考えていたのかなど、全員が10代と20代というこの事件の当事者たちの心の中がほとんど報じられておられず、わからないのだ。
これは、捜査がまだそこまで進んでいなかったり、警察や関係者が公表を控えているからなのか。それとも、世間やメディアがその部分に関心を持とうとしていないからなのか。もちろんそれを判断することはできないが、この事件に限らず最近の雰囲気やメディアの状況を見ると、後者も理由として強くかかわっている気がする。
つまり、いま社会は、若者の心の中、とくに「生きづらさ」を核としたネガティブな心理に興味を失っているのではないか、とういうことだ。
現時点でも事実としてわかっていることがある。被害者のうち女性8人はいずれも自殺願望を抱き、白石容疑者がツイッターで複数、運用していたアカウントを通して知り合い、何度かのやり取りを経て実際に会うに至った。その間、白石容疑者は自身も自殺志願者であるかのように振る舞っていたようだ。
そこから、過去のふたつの事件を思い出す人もいるだろう。
ひとつは、1998年に起きたいわゆる「ドクター・キリコ事件」である。この事件では、大学で化学を学んだ札幌の27歳(当時)の男性が「ドクター・キリコの診察室」という名前のネット掲示板を運営し、自殺願望を持つ人たちに主に薬物に関する情報を教えていた。さらに希望者には青酸カリを送っており、その中のひとりであった東京の女性が服薬して死亡。それを知った男性も同様に服薬して死を遂げた。容疑者死亡のままの書類送検となりくわしいことはわからずじまいだったが、男性も強い自殺願望を持ちながら掲示板では「先生」としてそこに集う人たちに慕われていたことがわかり、「ネット空間の一角に自殺志願者が集っている」という事実が世間に大きな衝撃を与えた。
そしてもうひとつは、2005年に大阪で起きた「自殺サイト連続殺人事件」。この事件では逮捕された36歳(当時)の男性はやはり自殺志願者であるかのように装ってサイトを運営していたが、実はその目的は自殺願望を持った男女をおびき寄せ、自らの特殊な性癖を満たすために殺害することであった。結局、3人の男女が犠牲となり、男性は一審で死刑の判決を受けたが控訴を取り下げ、すでに刑は執行された。
では、今回の事件の白石容疑者はどちらの加害者に近いのだろう。
有料会員の方はログインページに進み、デジタル版のIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞社の言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください