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英政界のセクハラ疑惑、米国での疑惑が飛び火 

メイ英首相は政党から独立した苦情処理体制を構築する方針だ

小林恭子 在英ジャーナリスト

調査対象となった国会議員は十数人に

10月30日、下院で行われたセクハラ問題の議論では、女性議員が男性議員よりも多く出席した(下院サイトより)10月30日、下院で行われたセクハラ問題の議論では、女性議員が男性議員よりも多く出席した(下院サイトより)

 今秋、英政界では、政治家あるいは政界関係者による性的嫌がらせ(セクハラ)及び性犯罪(レイプ)疑惑が次々と明るみに出るようになった。11月中旬現在、内閣府、各政党、あるいは警察の調査対象となっている国会議員は十数人に達した(BBCニュース、11月16日付)。

 その内の1人で、ウェールズ自治政府の閣僚だった男性は、疑惑発生を受けて閣僚職から解任された数日後に自殺する悲劇が起きた。男性は疑惑の実態について知らされないままだった。

 英政界が性的スキャンダルに揺れるのは、今回が初めてではない。

 第2次世界大戦後の大きな事件を振り返れば、1963年のプロフューモ事件があった。陸相プロフューモがソ連の海軍相の浮気相手の女性と関係を持ち、それが事実であるにもかかわらず下院で否定したことから、辞任せざるを得なくなった。これがマクミラン首相の責任問題に発展し、翌1964年の総選挙で与党・保守党は労働党に敗北した。

 1993年から94年にかけては、メージャー保守党政権が複数の金銭・性的スキャンダルに見舞われた。

 近年、英国で過去のセクハラ・性犯罪疑惑を追及する大きな流れを作ったのが、2012年に明るみ出た、BBCのラジオやテレビの人気司会者ジミー・サビルの例だった。サビルは2011年に亡くなったが、1970年代、80年代に国民的な支持を受ける有名人として活躍。慈善事業に熱心であったために、その貢献を評価され、エリザベス女王から「サー」の称号を得た(1996年)。

 しかし、死後、障害を持つ子供たちのほかに大量の人数の女性たちに性的な行為を行っていたことがBBCや民放ITVの調査で分かった。

 サビル事件の発覚後、ほかの娯楽系著名人らが警察の捜査対象となり、有罪となって投獄された人も数人いる。

ワインスティーン事件がきっかけ

セクハラ疑惑の報道後に声明文を発表してから、ケビン・スペイシーのツイッターアカウントは更新されていないセクハラ疑惑の報道後に声明文を発表してから、ケビン・スペイシーのツイッターアカウントは更新されていない

 今回の政界でのセクハラ・性犯罪疑惑の発生は、10月上旬、米映画界の大物プロデュ―サー、ハービー・ワインスティーンのセクハラ疑惑報道に端を発する。米有力メディアが暴露し、同月末までに70人を超える女優やワインスティーンの映画会社にいた女性従業員などが被害に遭ったと声を上げた。

 英国民からすれば当初は「米国の話」であったが、著名英国人女優が被害にあったと述べ、さらにワインスティーンの元アシスタントの英国人女性が1998年にセクハラ行為の口止め料として巨額を受け取ったと暴露すると、急に身近な問題になってきた。

 衝撃となったのは、米俳優ケビン・スペイシーの事件だった。

 スペイシーは米映画界の大物スターの1人だが、2004年から15年まで、ロンドンのオールド・ビック劇場の芸術監督を務めていた。実際にロンドンで生活し、劇場では主演もしていた。米ネットフリックスの政治ドラマ「ハウス・オブ・カード」シリーズの主役としてもその活躍ぶりが知られていた。英国民からすれば、「米映画人」というよりも、「英国のスター、スペイシー」だった。

 10月末、そんなスペイシーが何人もの男性に性的嫌がらせをしていたという疑惑が出た(スペイシーは報道が出たと同時に自分が同性愛者であることをカミングアウトした)。

 11月16日、オールド・ビック劇場は少なくとも20人がスペイシーに体を触られるなどのセクハラを受けていたと発表した。過去10年余にわたって英国民がスペイシーのいわば「餌食」になっていたという事実に、英国民の多くが震撼した。

 ワインスティーン、スペイシーのセクハラ疑惑が拡大する中、ネット上では「MeToo(私も)」(「自分も被害者だった」)というハッシュタグが広がった。被害者は声を上げるべきという機運が高まった。

 映画・演劇界の疑惑が明るみに出たことで、人々の視線はエンターテインメント業界同様に権力が集まる業界となる政界に向かった。

レイプ事件を告白した女性

ベイリーさんはBBCラジオのインタビューで自分の体験を話した(BBCニュースのウェブサイトから)ベイリーさんはBBCラジオのインタビューで自分の体験を話した(BBCニュースのウェブサイトから)

 「レイプです。私はレイプされました」

 10月31日夕方、BBCラジオの政治解説番組「PM」の中で、野党・労働党の元活動家ベックス・ベイリーさんはこう答えた。

 ベイリーさんは番組の中でインタビューされ、2011年に党のイベントに出席した時、自分は性的嫌がらせを受けたと述べた。

 司会者に「性的嫌がらせと言っても程度が様々だ。どれぐらいの嫌がらせなのか」と聞かれた。そこで、ベイリーさんははっきりと「レイプされた」と答えた。今回、実名でメディアに登場しようと思ったのは、ワインスティーン疑惑の件で被害者となった女性たちが声を上げた様子を見たからだった。「現状を変えるために」、顔を出すことに決めたという。

 2011年に19歳だったベイリーさんは労働党の全国幹部委員会の一員で、国会議員ではないが党の幹部のある人物にレイプされた。警察には届け出をしなかった。「怖かったし、恥だと思ったからです」、「誰にも知られなくなかったし、もし真実を話しても誰も信じてくれないだろうと思ったのです」と話した。

 2年後、ベイリーさんは勇気を振り絞り、党の上層部にいる人に相談をした。この人物は表ざたにしないようにアドバイスしたという。ベイリーさん自身、「失うものが大きい」とも言われた。次に何をするべきかのアドバイスはなく、党内の性暴力に対応するための体制も整っていなかった。

 ベイリーさんの告白と前後して、複数の国会議員がセクハラ疑惑の対象となり、各政党指導部は対応に追われていた。

 翌日となった11月1日、メイ政権の重鎮であったファロン国防相が辞任する。この時までに、2003年にある女性記者のひざに手を置いたことが発覚していた。国防相は「自分の行動は軍隊を率いるためにふさわしくなかった」と辞任の書簡で述べた。その直前には同じく03年に、別の女性記者にキスを強要したと報道された。

 ファロン元国防相は辞任後にBBCのインタビューの中で、「10年か15年前は通用していたことが、今は通用しなくなった」と述べている。どこまでが許されるのかの線引きが変わってきていることを指摘した。

 2003年にファロン氏にひざを触われたと報道された女性記者自身は、「ひざを触ったことが原因で辞任するべきではない」と述べていたが、他のケースでは、ファロン氏やほかの政治家が「通用した」と思っていても、被害者自身は不快感を持っていたかもしれないことを忘れてはならないだろう。

 ほかにどのような疑惑が報道されているのか。

 例えば、グリーン筆頭国務相(メイ首相の片腕にあたる)はある女性記者のひざを触り、携帯電話で性的なテキスト・メッセージを送ったとされる件で内閣府から調査を受けている。また、2008年、内務省の情報リーク事件で警察が捜査した、グリーンのオフィスにあるコンピューターにわいせつな画像があったという疑惑も浮上している。国務相はどちらの疑惑も否定している。

 ほかの議員の疑惑は「女性の体をさわった」「性的なテキスト・メッセージを送った」「セクハラ的な表現をした」などで、公表されているものを見る限りはレイプのような重大な性犯罪の部類には入らないようだ。

 11月7日、ウェールズ自治政府の閣僚だったサージェント議員が自宅で亡くなっていることが発見された。現時点では自殺のようだ。その数日前に、セクハラ疑惑が持ち上がったことで自治政府から閣僚職を解任されたばかり。本人には疑惑内容を伝えられなかった。真相は闇の中となったが、本人に疑惑内容を知らせないまま解任という決断をした自治政府の責任が問われるようになった。

 その後も、セクハラ疑惑の暴露は続いている。

 11月中旬には、テレビ番組のプロデューサーの女性が、「2~3年前に、首相官邸でセクハラにあった」と雑誌のインタビューで述べた。官邸に勤める男性が彼女の乳房に手を置いたという。

 メイ政権はレッドソム下院院内総務をまとめ役として対策委員会を設置した。各政党の代表者、国会議員、議員秘書、労働組合幹部などが参加して議論を重ね、政党から独立した苦情処理体制を構築する予定だ。年内に詳細を詰め、来年から新体制を開始させる。その一方で、現在の苦情受付電話サービスを向上させ、対面式の支援体制を今月中に整えるとメイ首相は確約している。

なぜ政界でセクハラ疑惑が絶えないのか

 政界でセクハラ疑惑が発生する理由として、複数の専門家や政治記者などが指摘するのは、ワインスティーン、スペイシーの周辺でわき起こったセクハラ疑惑の構図と政界の構図が似ている点だ。

 ワインスティーンは、自分が制作する映画で特定の人物を使うか使わないかの決定権を持っていた。彼の支援があれば、ハリウッドでの成功が夢ではなくなる。スペイシーの場合も、彼に気に入ってもらえば劇場で働くのが容易になるし、米映画界に進出する可能性も出てくる。その代わり、両者の意向に沿わなければ、キャリア発展が阻まれる可能性がある。

 英政界も同じだ。

 被害者となった女性たちは「政治家から情報を取る(女性記者)」、「継続して雇用してもらえる(政治家の事務所で働く女性)」、「党内で出世する」など、上下関係の中にあって政治家は「上」で自分は「下」にあった。

 ワインスティーン、スペイシー、英政界のセクハラは、組織内では上に位置する人物から下の人物に対する、パワーハラスメントでもあった。

 政治記者は政治家と行動を共にする必要があり、政治家(男性)と女性記者が長時間一緒にいることが多い。女性の活躍は進んでいるものの、政治記者には男性が多く、「(女性に対する)セクハラが起きやすい環境がある」(英「エコノミスト」の女性記者談)。

 BBCの政治部長で女性のローラ・クエンスバーク記者は、先のベイリーさんのレイプ事件が報道されたとき、ブログでこんなことを書いている(10月31日付)。

 「衝撃だったのは、レイプがあったということ以上に黙っていなさいと言われたことだ」

 ベイリーさんの主張が真実かどうかを確かめることは「難しい」が、ウェストミンスター議会の問題として何度も指摘されてきたことと一致するという。政界で働く若い男女は「それぞれの所属政党を信奉し、自分たちのキャリアの前進を願う。このため、苦情を述べることで負の影響が出ることを恐れる。自分が問題児と見られることを恐れる」。

 政界では「忠誠心」が重要視されるが、これは「多くの人にとって、わなにもなり得る」という。忠誠心を要求されるがために「政界でのハラスメント、いじめ、性的虐待があっても報道されないままだった」。報道されないことが多いので、クエンスバーク記者は政界の性的スキャンダルがどれほどの規模なのかを「判定するのは困難」だという。

日本への教訓

 ワインスティーン、スペイシー、そして今回の政界での性的スキャンダルの広がりを見ていると、まるで山火事が次々と発生しているようだ。一つ一つが別々に、間をおいて明るみに出ていたなら、政界のセクハラはここまで問題視されなかっただろう。

 現在は、政治家の言動がほんの少しでも「性的に不適切」と思われたら、「公人としてふさわしくない」と見られる風潮が広がっている。

 ワインスティーン、スペイシーによるショッキングなセクハラ行為、性的行為の強要が報道されたため、政界は性的言動に対して非常に過敏になっている。

 日本でも政界では忠誠心が重要視される。女性よりも男性が政治家としても及び政治記者の中でも多い状況は英国と同様だ。決して他人ごととは言えないだろう。

 最近、日本では女性を性的に扱ったコマーシャルが何本も炎上した。どこからが性差別的、あるいは嫌がらせ(ハラスメント)であり、どこからがそうでないのか、その基準が変わりつつあることも意識しておきたい。