企業と監査法人が激しく対立したときに第三者が調停する仕組みが事実上ない国
2017年12月06日
もし同じ決算に対し二つの異なる監査意見があったとしたら、株主や投資家はどちらを信じればいいのだろう?
仮定の話ではない。東芝と監査法人の間で現実に起きたことだ。
今年3月期決算で東芝が処理した原発事業の損失約6500億円に対し、東芝を監査するPwCあらた監査法人は監査報告書で「1年前の2016年3月期決算で処理するべきだった」と指摘し、「決算の一部に問題あり」とする「限定つき適正」の監査意見を出した。
この2016年3月期決算に対する監査報告書をみてみよう。
前任の監査人だった新日本監査法人は「経営成績及びキャッシュフローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているものと認める」と記している。つまり「まったく問題なし」を意味する「無限定適正意見」をつけているのだ。
果たして、どちらが正しいのだろうか。
東芝の子会社だった米ウェスチングハウス(WH)の迷走がもたらした原子力事業の巨額損失は、東芝危機の第二幕を開けた。再三にわたる決算発表の遅れをもたらし、株式市場を大きく混乱させた。
もし6500億円もの損失が2016年3月期で計上されていたとしたら、東芝はその時点で債務超過に陥り、上場廃止になっていた可能性がある。不正会計問題を起こした直後の決算で巨額損失が浮上すれば、その時点で現経営陣の責任も浮上しただろう。翌期決算の間まで東芝の株式を売り買いした投資家の投資判断を結果としてゆがめたのかもしれない。
もっとも、PwCあらたは、6500億円の全額を前期決算で計上すべきだった、とは、はっきりいっていない。「6500億円のうち相当程度ないしすべての金額」と指摘しているだけである。
この書きぶりで、それでは東芝は前期決算で一体いくらを計上するべきだったのか。一般の投資家はもちろん、プロの会計士でも具体的な額を読みとれる人はいないだろう。8カ月に及んだ東芝と監査法人の攻防は多くの時間と労力を費やし、市場に混乱をもたらした結果、「灰色」のままで決着した。そういわざるをえない。
そして、残された2枚の監査報告書のどちらが正しいのか、だれも教えてはくれない。
ただし、はっきりとわかったことがある。
東芝と監査法人の攻防劇は、企業と監査法人が激しく対立したときに第三者が調停する仕組みが事実上ないこと、市場に対する監査法人の説明責任が本当に十分に果たせているのかという、いまの日本の監査制度に根本的に欠けているものを示している。
2016年末に突然明らかになった東芝の原子力事業における巨額損失は当初、WHの経営陣が従業員に不当なプレッシャーをかけて、「公表を遅らせたのではないか」という疑いをもたれていた。
年明けから調査が本格していくうち、2016年4月~12月期の四半期決算の発表が、今年2月14日に迫ってきた。PwCあらたからは「不当なプレッシャーを与えた人物を特定すれば問題を閉じることができる」といわれ、次第に決算発表の延期が東芝の視野に入ってくることになる。
この間の監査法人とのやりとりについて、朝日新聞が入手した東芝の内部文書にはこうある。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください