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AI時代にこそ「ベーシックインカム」の実現を

汎用AIの普及が人間の仕事を奪い、包括的な社会保障制度が必要になる

井上智洋 駒澤大学経済学部准教授

ベーシックインカムとは何か?

 ベーシックインカム(BI)は、政府が国民全員に対して生活に必要な最低限のお金を給付する制度である。私はこれをよく「児童手当+大人手当、すなわちみんな手当」と言い表している。

 例えば、月7万円といったお金を老若男女を問わず給付する。個々人に対して給付するので3人家族ならば合計21万円、4人家族ならば合計28万円の所得がBIによって得られることになる。

ベーシックインカムの起源と負の所得税

 誰がBIを最初に考案したのだろうか? 起源をたどると、16世紀のトマス・モア、18世紀のトマス・ペインとトマス・スペンスという3人のトマスに行きつく。3人はいずれもイギリスの思想家であり、ファーストネームがトマスであるのは全くの偶然に過ぎない。いずれにしても、16~18世紀における彼らの提案がそのまま今日のBI論に繋がっているわけではない。

 BIの現代的な起源は、カナダの思想家であるクリフォード・ヒュー・ダグラスのいう「国民配当」(公的な収益の分配)やアメリカの経済学者でノーベル賞受賞者のミルトン・フリードマンが1962年の著作『資本主義と自由』で提唱した「負の所得税」にある。

 「負の所得税」は、低所得者がマイナスの徴税つまり給付が受けられる制度である。全員が給付を受けるわけではないので、BIとは違う制度であると勘違いされることが多いが、BIと負の所得税は本質的に同じ効果を持つ。

 コストが掛かりすぎるとか、金持ちにもばらまくのは無駄ではないかといったBIに対するいわれなき批判の多くは、この同質性を理解することで消滅するだろう。その点については後で詳しく論じる。

 なお、フリードマンの負の所得税は個人ではなく世帯が対象となるが、その点はさして重要ではない。個人ベースの負の所得税も考えられる。その場合、ほとんどの子供は所得がゼロなので税金を払わず給付のみを受けることになる。

ベーシックインカムの導入は世界的な潮流になりつつある

拡大ベーシックインカムの是非を問う国民投票に訪れた市民ら=2016年6月、スイス・バーゼル
 このようにBIの考え方自体はかなり古くからあるが、いまだに主要国で本格的に導入されたことはない。だからといって、夢物語というわけではなく、ここ数年欧米を中心に実現に向けての動きが巻き起こっている。

 最も早くBIの導入が実現しそうなのは、フィンランドである。政府(中央党などからなる連立政権)がBIを導入しようとしているからだ。現在、抽選で選ばれた失業者2000人に対して月6万8千円を給付する実験を行っている段階である。

 オランダではユトレヒトなどの幾つかの都市でBIの試験的な導入が図られており、アメリカではシリコンバレーのベンチャーキャピタルYコンビネータが、大規模な実験を行っている。

 その他、カナダやインド、イタリア、ケニア、ウガンダなど世界各国でBIに関する実験が行われてきた。ただ、私はもう対象者を限定した実験は必要ないと考えている。既に多くの実験で、受給者の労働意欲がほとんど損なわれず、メンタルヘルスが改善し、子供の学業成績が向上し、DVが減少するといった望ましい結果が示されているからである。

 BIには個々人に対するミクロ的な影響ばかりでなく、GDPやインフレ率などの国の経済全体に対するマクロ的な影響もある。そのため、これからは国民全員に少額ずつ給付するところから始めるような試験的導入を図るべきだろう。

 スイスでは、2016年6月にBI導入の是非を問う国民投票が行われたが、否決された。特に、政界や財界からは経済が崩壊してしまうのではないかという懸念が表明された。この時提案されたのは月額28万円弱の給付であり、この額は多過ぎるのでBI賛成派の私でも反対に回っただろう。もっと少ない給付額から始めるべきである。

 ただし、スイスのBIIに関するこの法案の背景には、人工知能(AI)の発達によって雇用が奪われるのではないかという危機感があって、その点は興味深い。それ以降、AI時代にBIが欠かせないと主張することは一種の流行になっている。

人工知能は人々の仕事を奪うか?

 近頃、雑誌やネットでは、AIによる失業を懸念する匿名的な記事が目に付く一方で、名のある学者や起業家、評論家は軒並み、AI失業は起こらないと主張している。どちらの意見が正しいのだろうか?

 この手の議論を行う際には一つ注意すべき重要なポイントがある。すなわち、18世紀のイギリスで産業資本主義が始まり、それ以降続々と人間の労働力を代替する新しい技術が登場したが、失業率が長期的に上昇することはなかった。しかし、この事実は「技術的失業」が存在しなかったことを意味していない。

 「技術的失業」は、新しい技術の導入に伴って起こる失業であり、枚挙にいとまがないほど歴史上繰り返し起こっている。例えば、20世紀初頭まで欧米では馬車が主な交通手段だったが、自動車の普及によって馬車とともにそれを操る業者という職業が一掃された。

 アメリカでは既に、AIを含むITが人々の仕事を奪い始めている。コールセンターや旅行代理店のスタッフ、経理係といった事務労働の雇用が減りつつあるのだ。AI失業は遠い未来の話ではなく、今そこにある危機なのである。

 とはいえ、仕事を失った人々は、いつまでも失業者でいるわけではなく、別の職業に転職するので、長期的な失業率の上昇はやはり観察されていない。だからといって、AIが生む新しい職が失業者を吸収するなどと思ってはいけない。

 アメリカで事務労働を失った多くの人々は転職して、介護スタッフや清掃員などの昔ながらの肉体労働に従事している。これらの肉体労働は元の事務労働よりも賃金が低いので、アメリカでは今世紀に入ってから一般的な労働者の低賃金化が起きている。

 こうしたAIがもたらす一時的な失業や貧困化に対処するために、BIが必要だと言うこともできるだろう。だが、ことがより深刻になるのは「汎用AI」が出現してからだ。

汎用AIは人間の仕事を根こそぎ奪う

 未来のAIが雇用に与える影響を議論するには、AIを「特化型AI」と「汎用AI」に分けて考える必要がある。

 「特化型AI」は、幾つかの特定の課題しかこなすことができない。Siriのような音声操作アプリやGoogleのような検索エンジン、囲碁プログラムの「アルファ碁」など既存のAIは全て特化型である。

 それに対し、「汎用AI」は人間のようにあらゆる課題をこなし得る。一つのAIが、 ・・・ログインして読む
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筆者

井上智洋

井上智洋(いのうえ・ともひろ) 駒澤大学経済学部准教授

慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。AI社会論研究会共同発起人。著書に『新しいJavaの教科書』『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』などがある。

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