メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

英国の常識では時代遅れに見える日本のテレビ

英国では権威中の権威である王室や政治家、富裕層、教師、外国人が笑いの対象に

小林恭子 在英ジャーナリスト

 昨年大みそか、日本テレビで放送されたお笑い番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!大晦日年越しスペシャル!」が大きな批判を浴びている。

 ダウンタウンの一人、浜田雅功が米国の黒人俳優エディ・マーフィー演じる警察官に扮し、黒塗りの顔と縮れ毛の頭髪で登場したことで、「黒人差別」と言う声がわき起こった。また、別のコーナーでは女性タレントのベッキーが「不倫騒動のみそぎ」としてタイのキックボクサーによって腰に蹴りを入れられた。「弱い者いじめ」という批判がソーシャルメディアで広がった。

 王室や政治家など権力者を笑いのめすユーモアを伝統とする英国ではどんなことが笑いの対象となり、何がタブーなのかを探ってみた。(文中敬称略)

1970年代後半までテレビ放送された英国の「ミンストレル・ショー」

 筆者は国外に住んでいるため、件の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」を視聴していないことをまずお断りしておきたい。

 あくまでネット上でこの番組に関して書かれたものを読んだ上での話なのだが、「黒塗りの顔」と「黒人差別」については、多くの評者が顔を黒く塗った白人が演芸を行う米国の「ミンストレル・ショー」(19世紀~20世紀)に言及し、これが黒人市民から見れば差別と感じることを説明していた。「歴史を知らずにこんな番組を作ったのか」という批判である。

 米国のミンストレル・ショーと同等には語れないかもしれないが、思い起こすと、顔を黒塗りにしたミュージシャンによるグループ、シャネルズ(後のラッツ&スター)のヒット曲(「ランナウェイ」、「め組の人」など)を1980年代から90年代にかけて、自分を含めた多くの日本人が楽しんでいた。

 英国にも非黒人による「黒塗りの顔」を娯楽の一部としていた時期がある。

 在英ジャーリスト、木村正人によれば、英BBCは1958年から20年間、「ブラック・アンド・ホワイト・ミンストレル・ショー」を放送し、大人気を博していたという(「浜ちゃんのブラックフェイスは黒人差別なのか 知らなかったではすまされない」、ヤフー個人ニュース、1月5日付)。

◇浜ちゃんのブラックフェイスは黒人差別なのか 知らなかったではすまされない

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20180105-00080159/

 「ミンストレル・ショー」だけではなく、1960年代、70年代には人種差別的番組は決して珍しくなかった。

 BBCで放送された「ティル・デス・アス・ドゥ―・パート」(1965-75年)の主人公(白人高齢者)は「色の浅黒い人」に対する不満を毎回のように口にした。民放ITVの「ラブ・ザイ・ネイバー」(1972-75年)では、ある白人の夫婦が西インド諸島出身の夫婦を隣人として迎え、新参者におびえる様子を描いた。「サンボとは議論できないな、知性がないんだから」と白人の登場人物が叫ぶ場面を人々は笑いながら視聴していた。「サンボ」とは黒人の蔑称である。

 「人種差別的な感情を持つ人物を笑う」という形ではあったものの、当時の動画に入っている視聴者の笑い声を聞くと、差別的言動をする人に一種の親近感を感じていた部分があったと思われる。自分自身の中にある差別的感情を登場人物に投影させていたのではないか。

 「ミンストレル・ショー」自体は「黒人差別を助長する」という理由で、1978年に打ち切られてしまう。ただし、テレビからは姿を消したものの、劇場やキャンプ場の余興として1980年代後半まで各地で巡業を続けた。

 2013年、最後のテレビ放送から35年経ち、デイリー・ミラー紙のアンディー・ドーソン記者は改めて「ミンストレル・ショー」の動画を視聴した。そして、英国の放送史上「最も人種差別的な番組」と結論付けた(2013年7月23日付)。

*Was The Black & White Minstrel Show the most racist TV programme ever?
http://www.mirror.co.uk/tv/tv-news/black-white-minstrel-show-most-2077085

人種差別的表現、今はご法度

 鋭いユーモアで知られる英国のコメディだが、人種差別的な表現(この場合の「人種」とは主として有色人種、特に黒人)はタブーの1つとなっている。このほか、ナチスやヒトラーを称賛するような描写もご法度だ。

 例えば、BBCの編集基準ガイドラインを見ると、「投影表現」の項目で「英国に住む人々や文化を完全にかつ公正に反映させることを狙う」とある。「番組は世界中に存在する偏見や不利な状況を映し出すことがあるかもしれないが、これを永続させない」、場合によっては「障害、年齢、性的指向、信仰、人種などに言及することがあるかもしれない」が、「不注意なあるいは侮辱的でステレオタイプ的な推測を避けるべきであり、編集上正当性がある場合にのみこのような形で投影されるべきである」。

*BBCの編集基準ガイドライン(セクション5 危害と侮辱)「投影表現」

http://www.bbc.co.uk/editorialguidelines/guidelines/harm-and-offence/portrayal

 番組制作の現場では、これまでの歴史や生活感を通して、何が放送上タブーとなるかについてはおおよそが共有されている。

 例えば、第2次世界大戦の経験(ナチス、ヒトラーによるユダヤ人の虐殺)や、カリブ海諸島からの有色人種の移民流入(1940年代後半)をきっかけとして起こった人種暴動の記憶を踏まえることが重要となる。

 後者は1958年のノッティングヒル暴動(低所得層の白人青年らが地域に住む黒人住民らに攻撃を仕掛けたことが発端)が著名で、その後も何度か暴動が発生してきた。人種差別を撤廃するための法律が1960年代から制定されてゆく。

 こうした経緯やグローバル化により人口の多様化がさらに進んだことで、「ミンストレル・ショー」や人種差別的表現を使った番組は時代遅れとされるようになった。

 テレビ番組から離れ、生活一般を見渡しても、人種差別、ナチスやヒトラーの称賛、児童を対象にした性愛はタブー事項だ。これに最近は「セクハラ」も入ってきた。

 テレビ番組はこうしたテーマ自体を取り上げないのではなく、取り上げる場合は批判的に描く形で、現実を反映させている(ただし、児童を対象にした性愛は笑いの対象には選ばれない。タブー中のタブーだ)。

何が笑いの対象となるのか?

「スピッティング・イメージ」放送から2014年で30年(BBCのウェブサイトより)拡大「スピッティング・イメージ」放送から2014年で30年(BBCのウェブサイトより)

 それでは、英国では一体どんなことが笑いの対象となるのだろう?

 日本同様、ありとあらゆることが対象となるが、日本と比べてより鮮烈にかつ激しく行われるのが「権威と見なされるものをコテンパンに風刺し、笑う」ことだろう。

 例えば「権威」の象徴としての王室、政治家、大企業の経営陣、富裕層、司法界、学校の先生、欧州連合(EU)官僚などが徹底的に戯画化される。

 日本で皇室をジョークの対象にすることは考えられないが、英国の王室は何世紀も前から風刺の的になってきた。王室に対する国民の敬意が消えたわけではないが、王室は大富豪でもあり、英国の支配層の頂点に立つ。権威中の権威であるから、これを風刺の対象とせざるを得ない。 ・・・ログインして読む
(残り:約2823文字/本文:約5882文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

小林恭子の記事

もっと見る