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英国の「孤独担当相」が直面する現実と課題

殺害された議員の遺志を受け継ぎ、高齢化社会の「誰も触れたくない問題」に挑む

小林恭子 在英ジャーナリスト

 先月、英国では「孤独担当相」という新たな閣僚ポストが新設された。一昨年に殺害された労働党女性議員の遺志を引き継ぐ形で設置された「ジョー・コックス孤独問題対策委員会」の提言を、政府規模で実現する。「一日に15本の喫煙と同様の健康被害」をもたらし、英国内の900万人が悩むという孤独問題をどこまで解決できるだろうか。設置理由や背景、どんなことを実行するのかを紹介してみたい。

コックス故下院議員の無念

ジョー・コックス孤独問題委員会のウェブサイト。右がコックス議員拡大ジョー・コックス孤独問題委員会のウェブサイト。右がコックス議員

 「国民の孤独解消に政府が腰を上げる?」――孤独担当相のポスト新設のニュースは、英国内外を驚かせた。

 驚愕(きょうがく)の理由は、孤独が国政レベルで税金を使って対策を講じるようなことであるとは誰しもが考えなかったためであろう。

 通常であれば、英国でも実現しなかったはずだ。第2次世界大戦後に労働党政権が主導して築き上げた英国の社会福祉政策のスローガンは「ゆりかごから墓場まで」だが、孤独という個人の心の領域に入ることまでも政府が面倒を見るとしたら、過保護・過干渉と受け止められる恐れがある。

 次は何になるのか、例えば独身の男女に「恋愛の仕方を教える」対策が必要となるのではないか、と言う人も出てそうだ。第一、そんなことに税金を使うよりも、がんあるいはその他の疾病撲滅のために資金を投入するべきではないのかという声が大きくなるだろう。

 しかし、今回、初の孤独担当相の任命に至った背景には、政治環境が整っていたことが挙げられる。

 2016年6月に殺害されたジョー(ジョアンナの略称)・コックス労働党議員が目指していたのが、孤独撲滅のための政策作りであった。

 コックス氏は2015年の下院選挙で初当選し、翌16年6月の欧州連合(EU)に英国が継続加盟(=残留)するか離脱するかの国民投票では、残留派として遊説を行った。

 投票日を1週間後に控えた16日、地元選挙区の集会に出席する準備をしていたところ、「英国第一」と叫ぶ極右系男性に発砲されたのちに刺され、運び込まれた病院で亡くなった。

殺害されたコックス議員の写真の周りに、たくさんの人が追悼の花束を置いた=2016年6月、パーラメント広場拡大殺害されたコックス議員の写真の周りに、たくさんの人が追悼の花束を置いた=2016年6月、パーラメント広場

 現役の国会議員の殺害は社会に大きな衝撃を与え、一時選挙戦は中断された。コックス議員は野党労働党に属していたが、与野党を問わず多くの議員から追悼の辞が寄せられた。

 コックス議員の遺志を継ぐ形で組織化されたのが「ジョー・コックス孤独問題委員会」である。シーマ・ケネディ保守党議員とレイチェル・リーブズ労働党議員が共同委員長となった。

 委員会は13の非営利組織と協力しながら、孤独についての調査を実施した。昨年末、これをまとめてその結果を発表するとともに、孤独問題の解決に向けた提言を出した。

恒常的に孤独を感じている人は約900万人

 報告書によると、イングランド地方北部ウェスト・ヨークシャー州出身のコックス議員は、南部に位置するオックスフォード大学に進学することで地元を離れた。それまでの生活環境から離れることで、大きな孤独感を感じたという。

 議員当選後、自分の選挙区(ウェスト・ヨークシャー州のバトレー・スペン)には低所得者層、退職者層が多く住み、孤独が大きな問題になっていることを知った。コックス議員は何らかの政策によって孤独を解消するべきと考えたという。

 委員会の調査によると、孤独はあらゆる年齢、社会的背景を持つ人々に影響を及ぼす。友人を作れない子供、初めて子を持つ親、友人や家族に先立たれた高齢者など誰にでも孤独は訪れる。孤独状態が慢性化すると、健康に害を及ぼし、人とコミュニケーションができなくなるまで追い込まれることになる。

 人口約6500万人の英国で、恒常的に孤独を感じている人は約900万。障害を持つ人の半数が毎日のように孤独感を持つ。65歳以上の360万人が、テレビが唯一の友人と答えている。

 介護者の10人に8人が孤独感や疎外感に悩まされている。1日にタバコを15分吸った人と同じほどの害を、孤独は人に与えるという。住民がバラバラになった地域が存在することで、英国経済に320億ポンド(約4・9兆円)の損失を与えると予測されている。 ・・・ログインして読む
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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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