新法施行を前に進む、自治体の独自規制。経済活性化と住民の生活環境保全のバランスを
2018年02月28日
2018年6月15日に「住宅宿泊事業法」(いわゆる民泊新法)が施行される。それに先立って、3月15日から各自治体の窓口で届け出の受付が始まることから、各自治体では条例による地域独自のルールづくりが進んでいる。地域の実情に合ったルールづくりを歓迎する考え方がある一方、法の趣旨を逸脱して営業の自由を侵害するとしてこれに反発する考え方もある。また一方では、新法が成立したにもかかわらず、民泊の杜撰(ずさん)な実情を訴え、民泊の実施そのものに反対する意見も根強い。自治体の独自規制は、こうした住民からの反対が大きく影響していることは明らかだ。
地域独自の規制は、民泊をめぐる国と自治体との「温度差」、足並みの乱れが表面化した象徴的事態となった。こうした事態に対して、民泊についての国民的議論が不十分であり、場当たり的な規制緩和を行ったあげく、いわば見切り発車的に新法を成立させ、さらには準備する暇も考慮せず、一年後の施行を決めるという強引な措置をとったことは、大いに問題視されるべきである。
民泊をめぐっては、問題点や反対意見が多々取り上げられるが、その一方で、新たな観光の魅力となる可能性を探る向きもある。
民泊はどこへ向かうのか。実質的な民泊スタートの年、民泊のルールづくりをめぐる問題点、民泊を観光・地域振興に結びつけていくための課題について検討しながら、その行方を考えてみよう。
もっとも、そうした仲介サイトに登録している民泊の中には、旅館業法の営業許可を受けずに宿泊サービスを提供している「無許可営業」の「違法民泊」が相当数あると言われているし、民泊をめぐって周辺住民とのトラブルが既に各地域で発生していることから、新たなビジネス・チャンスをもたらす民泊を適正に遂行していくための新たなルールづくりが求められていたのである。政府はそうした事態に対し、当初「国家戦略特区」、および旅館業法の規制緩和(「簡易宿所営業」の基準面積および玄関帳場の設置に関する規制緩和)によって対応を試みたが、より包括的かつ効果的なルールを定める必要があるとの認識から新法の制定に踏み切ったものと考えられる。
民泊新法が施行されれば、都道府県知事(または保健所設置市、特別区)への届出を行うことにより、年間提供日数180日(泊)を上限として、自らが居住・所有あるいは賃借している「住宅」を用いて宿泊サービスの提供(民泊サービス)を行うことができるようになる。新法ではこれを「住宅宿泊事業者」と呼び、「家主居住型」と「家主不在型」に分けている。このうち「家主不在型」については、家主がともに居住しないことから管理が杜撰になり、問題が多く発生する可能性が高いと考えられるため、施設の管理とサービスの提供を適正に行うために、「住宅宿泊管理業者」に管理を委託しなければならないことになっている。住宅宿泊管理業者は国土交通大臣への登録が必要となる。
さらに、新法では、web等を用いて民泊サービスを提供しようとする事業者とユーザーとを仲介するビジネスを「住宅宿泊仲介業者」と呼び、これについては観光庁長官への登録が必要となる。
住宅宿泊事業法第18条には、各自治体が「区域を定めて期間を制限できる」と定められており、この規定が根拠となって、各自治体ごとの規制が検討されてきたが、こうした自治体では、3月の受付開始を前に「ギリギリのスケジュール」で議会に条例案が提出され、審議されることになる。
地域独自の規制としては、例えば、良好な住環境を維持する必要のある「住居専用地域」や、学校周辺の「文教地区」については、営業可能な期間を週末や祝日に制限するルールなどが既に検討され提案されている(期間については、条例案ごとに曜日の設定によって1泊2日~3泊4日までの幅がみられる)し、自治体によっては、曜日でなく、閑散期と繁忙期による営業期間の制限が検討されているところもある。
自治体がこうした地域独自規制に乗り出すのは、新法が成立したにもかかわらず、民泊の杜撰な実情と自らの生活環境への悪影響を訴え、民泊の実施に反対する意見が根強いことから、住民が快適に安心して暮らせる生活環境を守るという自治体の役割・使命を強く意識したからであると思われる。
民泊は、個人の遊休資産を活用した新しいビジネス(シェアリング・エコノミー)であり、地域の未利用資源を活用した地域振興にもつながるとする考え方もある。ただ、事業者は民泊による経済的な利益が得られるものの、周りに住んでいる住民は自分たちの生活環境を脅かされるわけであり、一方的に不利益を被るだけである。彼らにとって新しいビジネスが国や地域の経済の活性化につながるとして、そのメリットを説かれたところで、到底納得できるものではない。「民泊反対論」には、自らを「一方的に不利益を被る存在」と認識する住民感情が表れている。
住民が民泊に反対する事態は各地で起こっている。マンションの多い都市部ではもちろん、リゾート・マンションでもそうした動きがみられる。例えば、新潟県の湯沢町では、かつてバブル時代に建てられたリゾート・マンションが数多くあるが、バブル時代のリゾート・ブームの際に購入したものの、今ではほとんど利用しなくなり空き家状態にある「負の資産」を「家主不在型民泊」として活用しようとするオーナーがいる一方、そこに居住しているオーナーは民泊ビジネスに利用されることで生活環境が侵害されるとの懸念を強めている。
このような事態に対し、マンションでは、居住者でつくる管理組合の規約を改正して、マンション内で民泊を禁止したり制限したりする規定を設けることによって自衛措置を講じようする動きが出ている。国交省が行った「マンション標準管理組合規約」の改正でも、民泊の禁止や制限を可能にする規定の例が示されている。
ただ、管理組合がきちんと機能しているマンションはいいとしても、そうでないマンションはどうなるのか。あるいは自衛措置を講じる術を持たない戸建て住宅の多い地域の生活環境をどのように守るのか。こうした問題提起もまた、地域独自の規制につながっているように思われる。
地域が独自規制に向かったもう一つの事情として、新法の成立後、施行に向けて出されるはずの政省令とガイドラインが、予想に反して大幅に遅れたため、いわばシビレを切らした各自治体が独自ルールの検討に走ったという面もある。ガイドラインが出される前に条例案の骨子が固まった自治体すらある。民泊のルールづくりをめぐる国と自治体との「温度差」、足並みの乱れが明確になった形だ。
地域の実情に合わせたルールづくりは当然、とする考えがある一方で、新法の趣旨からすれば、ホテルや旅館が建てられない「住宅地でも宿泊サービスの提供を行うことができる」ルールであるから、「住宅地だからと言って制限するのは法の趣旨に反する」との見解もある。あるいは、自治体ごとに規制を行うには「特段の理由」が必要であり、現在検討されている地域独自の規制の根拠が「特段の理由には当たらない」とする見解、さらには、条例による「上乗せ・横出し規制」を設けて、法で定められた営業の範囲を自治体が制限するのは営業の自由の侵害だとする見解もある。
有名観光地として長年多くの観光客を受け入れ共存してきた地域、保養地として別荘が多く建つ地域、目立った観光名所がない地域、ビジネス街・盛り場・商業地など人々の流動の多い地域、閑静な住宅地であることが地域のブランド価値となっている地域など、各地域には様々な特性がある。民泊の受け止め方、民泊が果たす役割もそれぞれ異なるのは当然である。にもかかわらず、地域独自のルールづくりに対して冷ややかな態度を示し、全国一律に民泊を推進すべきであるかのような見解が示されることに(国と自治体、法律と条令という形式的な関係性とは別な問題として)疑問を禁じ得ない。
国はインバウンド観光の振興やシェアリング・エコノミーによる経済の活性化のために民泊を推進したいという考えがあるものの、各地域で生活する住民から見れば、民泊によって生活環境が悪化し、「一方的に不利益を被る」ことがなにより懸念される。地域に暮らす住民の生活を守ることを使命とする自治体にとって、考えるべきは「住民にとって快適に安心して暮らせる生活環境の確保」であるとするのは当然の成り行きと言える。
民泊問題は、地域独自の規制をめぐって、「利益を享受しうる事業者」と「一方的に不利益を被る周辺住民」との対立だけでなく、「経済優先の国の論理」と「生活環境優先の地域の論理」がぶつかり合うという構図を浮き彫りにしたといえよう。
このように考えれば、民泊は、(Ⅰ)国際交流志向の、いわば「短期ホームステイ型」というべきタイプの民泊と、(Ⅱ)営利目的の、いわば「不動産ビジネス型」というべきタイプの民泊に分けられる。前者は、家主居住型でなければ対応できないし、後者は家主不在型の場合が多いと考えられる。
交流志向の短期ホームステイ型は、新たな宿泊コンテンツとして日本の観光魅力を高めると期待されており、
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