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トランプ政権による「世界貿易戦争」突入か?

アメリカの主張にはかなり無理がある。友人の過ちを正すことも真の友人関係だ

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

無理筋な主張

ワシントン近郊で2月23日に開かれた保守政治活動会議で演説するトランプ米大統領=メリーランド州オクソンヒル、ランハム裕子撮影 ワシントン近郊で2月23日に開かれた保守政治活動会議で演説するトランプ米大統領=メリーランド州オクソンヒル、ランハム裕子撮影

 トランプ大統領は3月1日、鉄鋼には25%、アルミニウムには10%の輸入関税を課すと発言した。戦闘機や軍艦の製造に使われる鉄鋼やアルミニウムが、中国で過剰に生産されて国際的に価格が下落し、各国から不当に安く輸入されているとして、アメリカの国内法(通商拡大法第232条)を根拠として、安全保障への脅威を理由に、大統領権限で行う異例の輸入制限措置を発動すると言うのだ。2日には、この措置は中国だけでなく、日本を含め全世界からの輸入を対象とするという方針が示された。

 安く輸入されることが安全保障を脅かすとはわかりにくいが、中国等からの安い輸入によってアメリカの鉄鋼業界が衰退すれば、軍事産業への鉄鋼等の供給ができなくなると言っているのだ。

 しかし、国内の鉄鋼業界がなくなっても、安い輸入が継続されるのであれば、軍事産業への供給が途絶えることはない。中国と戦争状態になっても、日本、EU、カナダ等から輸入できる。しかも、アメリカ商務省の調査によると、安全保障に必要な鉄は国内の鉄鋼業生産量の3%(今回の商務省調査、2001年調査では0.03%)に過ぎない。

 トランプ政権の主張はかなり無理筋である。安全保障を理由としているが、本音は11月の連邦議会選挙を控え、ラストベルト地帯の鉄鋼業界等を保護するという姿勢を示したいことは明白である。

WTOで正当化困難な措置

 今回の措置は国内法に基づくものであるが、アメリカもWTO加盟国である以上、この措置をWTO(世界貿易機関)協定の規定によって正当化しなければならない。その唯一のよりどころは、WTO協定中のガット第21条(安全保障のための例外)である。

 この規定は、その要件に当てはまる措置であれば、ガットの様々な義務(約束した関税―アメリカの鉄鋼等については関税ゼロ―以上の関税は課してはならない、輸入数量制限は禁止される等)から免除されるというものである。具体的には、鉄鋼等の関税をアメリカはゼロでWTOに約束しているが、それ以上に引き上げることが可能になる。

 その要件の中で、今回の措置が該当する可能性があると思われるのは、「自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認められる――武器、弾薬及び軍需品の取引並びに軍事施設に供給するため直接または間接に行われるその他の貨物及び原料の取引に関する措置」である。おそらくアメリカは、鉄鋼やアルミは「間接に行われるその他の貨物及び原料」に該当すると主張するのだろう。

 しかし、仮にそれに該当するとしても、「重大な利益の保護のために必要である」という要件も満たさなければならない。この「必要である」という要件は、同じくガット義務の例外を認めたガット第20条では、「合理的に利用可能な他により貿易制限的でない代替手段がないこと」と厳しく解釈され、事実上この規定による例外を認めないように運用されてきた。

 先ほど述べたように、中国以外の国からも輸入できるし、安全保障が必要ならアメリカの鉄鋼業の3%の生産を維持するだけでよい。とても、この要件を満たすとは思われない。安全保障という目的を達成する以上の、過剰な貿易制限措置と判断されるだろう。

 常識的にも国内産業がないと安全保障上の重大な利益が損なわれると主張することは難しいだろう。アメリカと同様の主張を行った国は他にもある。WTOの前身のガット時代、スウェーデンは軍靴の供給のため靴産業が必要だとして靴の輸入制限を行っていたが、ガットに訴えられ敗訴している。

 このようなことが認められるのであれば、我が国の米も「軍事施設に供給するため直接または間接に行われるその他の貨物及び原料」であり、軍隊に兵糧の供給が必要だとして米の輸入制限も堂々と認められることになる。米に限らず、すべての物資が安全保障のために必要だということになりかねない。これは際限のない輸入制限を招くことになる。

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