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「所有者不明土地問題」から見える土地制度の課題

人口減少時代に対応した制度の見直しが必要だ

吉原祥子 東京財団政策研究所研究員

国に引き取りを求め、裁判で争った山林。敗訴した所有者の司法書士(右)は「国庫帰属の基準が必要」と話す=島根県安来市
 「所有者不明土地問題」への社会的な関心が高まっている。

 これは、不動産登記簿などの各種台帳では土地の所有者の所在が直ちには判明せず、土地利用の障害となる事象を指す。

 東日本大震災の復興事業で大規模に表面化したのをはじめ、都市部の空き家対策や農村部の耕作放棄地問題でも、所有者探索の難航が地域の足かせになるなどの事例が各地で報告されている。こうした問題を受け、政策が動きはじめた。

 国土交通省は、昨年8月に国土審議会土地政策分科会に特別部会を設置し検討を進め、今国会に所有者不明土地の公共的目的の利用を可能とする法案(「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法案」)を提出した。

 法務省は、昨年10月に「登記制度・土地所有権の在り方等に関する研究会」を立ち上げ、登記制度や土地所有権のあり方などの中長期的課題について、民事基本法制の視点から論点や考え方を整理するための議論を進めている。

 さらに、今年1月には内閣官房に「所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議」が設置され、菅官房長官が「今後、所有権や登記制度といった、土地に関する基本制度についても根本的な検討を行うこと」「今年の骨太方針について取組の方向性を示すこと」を指示するなど、制度改革に向けた取り組みが政府レベルで急速に進み始めている。

 しかし、急速な動きの一方で、こうした政策議論の土台となる分析は緒に就いたばかりである。なぜ、代表的な個人財産であり、公共的性格をあわせもつ土地が、所有者不明になるのか。制度上、どのような課題があるのか。また、今後、どのような対策が必要なのか。

 社会的な関心の高まりを一過性のものにしないために、本稿では、こうした根本的な点についてあらためて整理してみたい。

問題は地方から広がっていた

 昨今、社会的関心が高まってきた「所有者不明土地問題」だが、地域レベルで見ると実は必ずしも新しい現象ではない。

 1990年代初頭には、森林所有者に占める不在地主の割合は2割を超え、林業関係者の間では、過疎化や相続人の増加に伴い所有者の把握が難しくなるおそれのあることが懸念されていた。農業では、登記簿上の名義人が死亡者のままの、いわゆる相続未登記の農地が、集約化や耕作放棄地対策の支障となる事例が各地で慢性的に発生してきた。自治体の公共事業の用地取得においても、同様の問題は起きていた。

 しかしながら、こうした問題の多くは、関係者の間で認識されつつも、あくまで農林業あるいは用地取得における実務上の課題という位置づけにとどまってきた。関係省庁が複数にわたり、個人の財産権にもかかわるこの問題は、どの省庁も積極的な対応に踏み出しづらいこともあり、政策議論の対象となることはほとんどなかった。それが、近年、震災復興や空き家対策などにおいて、大規模にあるいは地域の人びとの目に触れやすいところで表面化してきたことで、次第に政策課題として認識され始めたのだ。

根底にある土地制度の課題

 では、なぜ土地の所有者の所在の把握が難しくなるのだろうか。

 そもそも、日本では、土地の所有・利用実態を把握する情報基盤が不十分である。不動産登記簿、固定資産課税台帳、農地台帳など、目的別に各種台帳は作成されている。だが、その内容や精度はさまざまで、一元的に情報を把握できる仕組みはない。国土管理の土台となる地籍調査(土地の一区画ごとの面積、境界、所有者などの確定)は、1951年の調査開始以来、進捗率はいまだ52%にとどまる。一方で、個人の所有権は諸外国に比べて極めて強い。

 各種台帳のうち、不動産登記簿が実質的に主要な所有者情報源となっているものの、権利の登記は任意である。登記後に所有者が転居した場合も住所変更の通知義務はない。そもそも不動産登記制度とは、

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