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国の仕掛ける「林政大転換」の危うい実情

森林保全から木材の大量生産への転換を狙う「森林経営管理法案」

田中淳夫 森林ジャーナリスト

 今国会に提出されている「森林経営管理法案」。これが「林政の大転換」と呼ばれるほど大きな変革であることをご存じだろうか。一般市民のほとんど知らないところで、戦後日本の森林政策が大きく変わろうとしている。

 この法案は、林野庁が昨年10月に打ち出した「新たな森林管理システム」に基づき提出されたものだ。その趣旨は「林業の成長産業化と森林資源の適切な管理」という言葉で説明されている。そして今年度の予算にも、法案に則した「林業成長産業化総合対策」を盛り込んでいる。

森林経営に行政が強く介入することが可能に

再生されたナラの木を見て回る市民団体の関係者ら=新潟県佐渡市
 内容を簡単にまとめれば「林業経営に適した森林は、意欲と能力のある林業経営者(民間事業者)に委ねる」こととし、「林業経営に適さない森林は市町村が自ら管理を行う」というものだ。法案には、森林所有者が積極的に管理しない(できない)森林は市町村が「経営管理権」を受託し、「経営管理実地権」を設定した業者(意欲と能力のある林業経営者)に再委託するとしている。つまり森林管理に行政が強く介入することを可能にするものなのである。

 たしかに近年の森林管理の大きな問題の一つに、所有者が森林の経営に意欲を示さず放置が進んでいる点が上げられる。また転居や世代交代が進んで所有者が不明になったり、相続未登記のままだったり、さらに所有の境界線がわからなくなってきたこともある。そこで森林の所有権から森林管理権を分離して行政主導で整備を進められるようにしようというわけだ。その意図はわからないでもない。

 しかしよく読むと驚くべき項目がいくつかある。その一つが、必ずしも所有者の同意を必要としない条項があることだ。市町村の勧告や知事の裁定によって森林所有者の同意なしで50年まで「経営管理」できるとしている。所有者が不明の場合はまだしも、仮に森林所有者が自治体の森林経営の方針に反対で、伐採や林道・作業道を入れるのを拒んだ場合も実行できる「伝家の宝刀」となるのだ。ここまで強引に行ってよいものだろうか。

現在の林業に対する林野庁の認識には疑問

 だが、そうした公的権限の強化以上に気になるのは「新たな森林管理システム」に示される現今の林業に対する認識である。

 たとえば「8割の森林所有者は森林の経営意欲がない」「意欲のない森林所有者のうち7割が主伐の意向すらない」「11齢級となって主伐期を迎えているのに行わない」といった問題点を列記している。ちなみに主伐とは森の木を全部伐ること。齢級とは樹木の年齢を5年刻みで数える用語で、11齢級は約55年生を指す。つまり人工林は50~60年で全部伐るのが森林経営の常識なのに、森林所有者の多くは従わない、それを経営意欲がないと断じているわけだ。だが、この前提に大きな違和感を覚えるのである。

森林の構造の発達段階に応じた機能の変化(出典:藤森隆郎著『林業がつくる日本の森林』、Fujimori.2001を一部修正)
 樹木にとって50年程度は若年であり、まだまだ生長余力のある樹齢である。水源涵養機能や土壌有機物量、生物多様性など森林の公益的機能のどれをとってもピークではなく伸びる時期だという研究結果が出ている。林野庁の挙げる木材生産力と炭素蓄積の最大化(若年木がもっともよく成長して二酸化炭素を吸収する)も近年の研究で否定された。樹齢100年を超えるような“老木”の方が成長力は高いことがわかってきたのである。

 そして森林所有者の多くが主伐を嫌うのは経営意欲がないからではなく、長年育ててきた自分の森がなくなってしまうのを嫌うからだ。もちろん現在の材価が安すぎて、伐っても利益がほとんど出ないことも大きい。それなのに「伐期が来たから主伐すべき」という発想は、所有者の気持ちを無視しているだけでなく、経済原則にも反している。しかも主伐を行えば、ようやく高まってきた森林の公益的機能を一気にゼロにもどすことを意味する。仮に再造林を順調に行えても、数十年は回復しないのだ。その間、所有者は自分の山が崩れないかと不安を抱えることになるだろう。

 市町村が所有者から預かった森林を「意欲と能力のある業者」に委託するという点にも疑問がある。森林経営の意欲と能力は「素材生産の生産量または生産性の増加」を基準とするとあるが、

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