楽天が「第4の携帯」でソフトバンクに挑む。孫氏の背中を追ってきた三木谷氏の命運は
2018年05月15日
三木谷浩史が率いる楽天が携帯電話事業に参入する。インターネットビジネスやプロ野球など様々な分野で孫正義のソフトバンクグループと角を突き合わせてきたが、ついに孫の金城湯池に攻め込む。はたして孫を脅かすことができるのか。
三木谷はしゃれたトレーナーの上にジャケットを着て、颯爽と登壇した。4月25日、インターネット上で巨大な物販サイト「楽天市場」を運営する彼とは一見、畑違いの、遺伝子解析のベンチャービジネスに関するイベントである。
彼はパネリストとして登場し、イベントを主催した遺伝子解析ベンチャー企業、ジェネシスヘルスケア社を「どんどんリスクを取ってやっていった方が良い」と励ました。さらに「海外にも出て行って競争にさらされた方が良い。競争にさらされて始めて、知見や技術やビジネスの戦略が向上していきます。それによって結果的にサービスのクォリティーがあがっていきます」と語った。
医療分野の新ビジネス誕生を歓迎する文脈でのコメントだが、聞いていた人たちはそこに三木谷の乾坤一擲の大勝負――「4番目の事業者」としての携帯電話事業参入への意気込みを感じ取っただろう。司会役の女性が「いずれ遺伝子検査の情報を携帯電話で送ってもらうようになるかもしれませんね」とあえて携帯電話に言及した時、三木谷が白い歯を見せて笑ったからである。
だが、「主要国の携帯事業者は3社まで。4社目はありえない」。民主党衆院議員からソフトバンクの社長室長に転じ、孫の参謀役を務めてきた嶋聡はそう言う。
全国の津々浦々に基地局など通信インフラの整備をしなければならないため、通信会社には莫大な設備投資がかかる。そのためにはスケールメリットが生かせなければならない。再編や淘汰を通じて必然的に寡占化する。嶋は世界の通信市場をそう分析してみせた。
嶋の言うとおり、楽天が携帯市場参入のモデルとして研究したといわれる全米3位のTモバイルUSは、ソフトバンクグループ傘下の同4位のスプリントとの経営統合に合意した。過去2回も統合交渉をもちつつ、破談に終わっていた孫が、執拗に交渉し続け、ついに自らの主導権を手放すことで(経営の主導権をTモバイル側に譲る形で)統合合意にこぎつけたのだ。
統合実現には米当局の承認を得なければならないとはいえ、変わり身の早さが身上の孫の、鮮やかな路線転換。嶋の言うとおり「4社はありえない」ということが、日本よりも大きな巨大市場の米国でも生じたのである。
そんな無謀とも思える4社目の参入になぜ、楽天は挑んだのか。
よく指摘される大義名分の一つが、日本国内の携帯通信事業者の料金が高止まりしていることである。
ボーダフォンを買収して携帯事業に参入した孫は、価格破壊の立役者として知られてきた。通信モデムを街頭でただで配るという奇策によって高速インターネット通信網(当時はADSL)を一挙に普及させ、NTTの心胆を寒からしめた。ヤフーは新聞や雑誌の記事を無料で読ませることで、新聞・出版業のデフレ化を招来させた。
そして携帯電話も、だった。
孫は2006年、「日本の携帯料金は高すぎます」と言って、「通話料0円、メール0円」の「0円割」という驚愕のサービスをひっさげて携帯市場に乱入した。キャメロン・ディアスやブラッド・ピットが携帯で通話しながら外国の街角を闊歩する魅力的なCMを連打し、街中の旧ボーダフォンの店舗は白い外観と内装の洗練されたデザインのソフトバンクショップによみがえった。
そしてCMや新聞で「0円」と派手に宣伝する。
泡を食ったNTTドコモやKDDI(au)は、従来の通信事業者とまったく違う孫の手法にひるみ、「景品表示法違反ではないか」と公正取引委員会に泣きついた。確かにソフトバンクの宣伝は、巨大な「0円」の文字とは比較にならないほど小さな字で「ただし、同じソフトバンク契約者同士の通話、メールに限ります」とあったからである。
2006年の携帯参入当時には16%のシェアしかなかったソフトバンクは、人目をひく宣伝とユニークなサービスを武器にして、圧倒的なガリバーのドコモの市場を少しずつ簒奪し、いまや23%のシェアに拡大した。
しかし、ドコモ45%、au30%と市場を分け合う構図がひとたび定着し、携帯3社の共存体制が確立すると、孫はこんなことを言うようになった。
「日本は世界で最も進んだ通信ネットワークであり、それを米国よりもはるかに安い料金で提供しています」(2015年11月の記者会見)
国内の通信事業によって安定的に1兆円を超える営業利益を稼ぎ出せるおかげで、海外で次々に「兆円」サイズの大型買収を繰り広げられるようになったから、彼は携帯料金を下げたくなくなったのだ。
総務省によると、世帯当たりの年間の携帯利用料は2008年の7万7759円が、2016年には9万6306円にまで上昇している。安倍晋三首相が値下げを指示し、高市早苗総務相(当時)が乗り出したわけである。
孫の変節を、三木谷が突く。
「三木谷はずっと携帯参入を考えていたんだ」と楽天の元役員は打ち明ける。
2012年、総務省から高速通信サービスの周波数帯を割り当てられたばかりのイー・アクセスに対して、三木谷は秘かに買収交渉をもったことがある。
「先方から『買ってくれないか』とウチに打診があったんですよ。それで交渉をしたんだけれど、交渉成立の直前に、向こうさんに両天秤にかけられていたことがわかって。最後は孫さんにやられちゃったんだ。鳶に油揚げをさらわれた気分だったよ」(元役員)
孫が1800億円を提示して手中に収め、三木谷は臍をかんだ。
三木谷にとって携帯参入は、きのう、きょう思いついたことではなく、長年の重要検討課題だったのである。
その点に総務省が期待する。
「日本の携帯サービスは3社の寡占になってしまった。イー・アクセスやウィルコムに頑張って欲しかったけれど、ダメだった。その後もいろんな会社に『入ってこないですか』と声をかけてきたけれど、どこもなくて。もしチャイナモバイルが出てきたらどうしようなんて思っていて(笑)。ですから今回の楽天さんには大歓迎なのです」
総務省で「通信自由化の生き字引」と呼ばれる鈴木茂樹総務審議官はそう言う。
鈴木は38年間の役人人生の大半を通信の自由化にかかわってきた。「孫さんもねぇ。『自分よりも高かったら、すぐに下げます』なんて言っていたのに、いまは3社が横並びで、それ以上、下げない。『持たざる者』だったときと『持つ者』とでは発言がすっかり変わっちゃってね」
鈴木は、高止まりした価格の引き下げだけでなく、むしろ「世界に広がる新しいサービス」を楽天に期待する。日本のドコモがiモードによって、携帯でネットにつないだりメールを送受信したりするサービスを世界に先駆けて開拓した。着メロという形で音楽が鳴る携帯のサービスも日本で誕生した。カメラ機能を持たせて写真を撮ることができるようにしたのはJフォンだった。
「写メールが日本から生まれたのに何でインスタグラムができなかったのか、着メロが日本から出てきたのに何でiTunesができなかったのか。いつも後から来たアップルが、使いやすくして世界市場を奪ってしまう。それが僕は残念で……」
楽天が持つ物販や金融、クレジットカード事業を携帯と融合すれば、それまでになかった新しいサービスが日本発で生まれるかもしれない。
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