米国が恐れる中国のハイテク産業戦略。米中の覇権争いが始まった
2018年05月20日
米国と中国の貿易摩擦が熾烈になっている。そのなかで中国の産業政策の根幹「中国製造2025」が焦点に浮上してきた。「米国の知的財産を侵害している」と事実上の停止を求める米国のトランプ政権と、「絶対に受け入れられない」と憤る中国の習近平政権。米中の覇権争いを勃発させた「中国製造2025」とは何なのか。
米国のモノの貿易赤字は87兆円(2017年)だが、うち対中赤字は41兆円で約半分を占める。この巨額赤字と並んで米国が苛立っているのが、情報通信、電子機器、半導体、電気自動車、エネルギー分野などでの中国企業の目覚ましい成長だ。
そのハイテク産業育成という国家の基本方針を定めたのが、2015年に習政権が打ち出した「中国製造2025」(下の表)である。
目標は、「製造大国」である現在の中国を格上の「製造強国」にすることだ。まずは2025年までに世界の製造強国の一角に食い込み、2035年には世界の中位に昇り、最終ゴールの2049年には米欧日に並ぶ世界トップ級にするという3段階の計画だ。
具体的な戦略は、情報技術と製造業の融合やイノベーション能力向上などだが、中国の既存技術の延長上では達成は不可能であることから、現実には合法・違法、強引な手法を駆使している。事例を紹介しよう。
① 国際協定に違反する巨額の政府補助金を企業に与える
中国が加盟するWTO(世界貿易機関)は、税の減免や低利融資は認めるが、輸出補助金など自由競争を歪めるものは禁止している。米国は中国がこのルールに違反しているとして補助金の即時停止を要求、中国側は猛反発している。
② 官製ファンドで外国のハイテク企業を買収する
家電グループである美的集団は2016年、世界第2位の独ロボットメーカーKUKA(クーカ)を買収し、世界に衝撃を与えた。ロボットは「中国製造2025」の重点分野。官民一体の資金力で世界の業界地図をひっくり返した。美的集団は東芝の基幹事業だった白物家電事業も買収している。
③ 中国に進出する外国企業の合弁会社に技術移転を強要する
英国の半導体会社アームは中国に合弁子会社を作ったが、株式の51%を握る中国側がアームの先端技術を勝手に他の中国企業にライセンス供与していた。合弁会社を作らざるを得ない米欧日の企業が被害にあっている。「市場をやるから技術をよこせ」という話である。
④ サイバー攻撃で外国企業のハイテクを盗む
米司法省は2014年、人民解放軍総参謀本部「61398部隊」の存在を暴露した。サイバー攻撃の専門部隊で原子力大手のウエスティングハウス、非鉄大手のアルコアなどからデータを盗んでいた。容疑者5人の名前と顔写真を公表した。同省は「今もサイバー攻撃を仕掛けている」と非難している。
⑤ 海外の優秀な研究者を好待遇で招聘する
「1000人計画」がユニークだ。欧米の大学の著名な外国人教授を対象に、1年のうち休暇を取る3か月間だけ中国の大学に来て研究と授業をしてもらう制度。好待遇を保証し、2011年から3年間で242人が応じ、その後も増えている。日本のロボット研究者も参加していた。
その甲斐あって、中国のシリコンバレーと言われる深圳は、ネットサービスのテンセントや通信機器の華為技術(ファーウェイ)を生み、2017年の域内GDPは香港を抜き去った。
科学論文も急増している。2015年には日本の3.7倍に当たる28万2千本となり、米国(35万2千本)に次ぐ世界2位に浮上。引用数がトップ1%に入る優れた論文の国別シェアでも米国に次ぐ2位を維持している。
国立研究開発法人・科学技術振興機構の林幸秀・上席フェローは「どの重点分野の科学技術レベルも最新鋭の研究設備を十分使いこなしておらず、イノベーションの経験も少ない。欧米日にはまだ及ばないが、人口も市場も巨大なので、ビッグデータ解析などをテコに『量が質に転化する』可能性がある」と分析する。
今回、米政府は通信機器大手のZTE(中興通訊)と華為に対し、北朝鮮への輸出などを理由に制裁を加えた。これは躍進する中国IT企業への危機感の表れだ。2015年には、清華大学系列の紫光集団による米半導体大手マイクロンなどの買収を阻止し、産業機密の漏えいを防いだ。
「中国製造2025」が最終ゴールに掲げる2049年は、実は中華人民共和国が成立した1949年からちょうど100周年という特別な年にあたる。
保守系シンクタンクである米ハドソン研究所中国戦略センター所長のマイケル・ピルズベリー氏は、著作「チャイナ2049」(2015年、日経BP社)で、「中国は建国以来100年をかけて(2049年までに)米国の軍事・経済の世界覇権を奪取する遠大な戦略を秘密裏に遂行している」と指摘した。
この戦略は明文化されてはいないが、暗黙のうちに陸海軍の将官や政府内の強硬派に共有されているという。同氏はそれを「中国100年マラソン」と呼び、自省を込めてこう述べる。
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