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最高裁判決で浮上した格差是正の壁

超えられなかった高齢者への「通念」

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

 正社員と非正社員との賃金格差が不合理かどうかを問う二つの訴訟で6月1日、最高裁が相次いで初の判断を示した。静岡県浜松市の物流会社「ハマキョウレックス」の契約社員の手当格差是正については大幅に認められた一方、横浜市の運送会社「長澤運輸」訴訟では、再雇用の嘱託運転手の賃金格差是正はならなかった。ここからは、高齢者雇用に対する「通念」の壁と、「やっている仕事」への公正な評価を担保しにくい「働き方改革」の「同一労働同一賃金ガイドライン」の限界が見えてくる。

現役か再雇用かで明暗

定年退職後に再雇用された嘱託職員のトラック運転手が、給与が下がったのは「不合理な格差」にあたるとして訴えた訴訟で、最高裁に入る原告ら=6月1日

 今回の訴訟はいずれも、2013年度から施行された改正労働契約法(労契法)20条の「無期雇用社員と有期雇用社員の労働条件の不合理な格差の禁止」に違反するとして起こされた。ハマキョウレックス訴訟原告側が「格差是正判決」と喜びの垂れ幕を掲げる一方で、長澤運輸訴訟原告は「60歳で定年になったら賃下げというわけのわからないことを裁判所が認めた」(2018年6月2日付「朝日新聞」)と、怒りをぶつけた。

 明暗を分けたのはまず、現役社員か、再雇用社員かの違いだ。労契法20条は、「業務の内容と責任の程度」(職務内容)だけでなく、「職務の内容と配置の変更の範囲」(異動や転勤の範囲)、「その他の事情」も含めた三つの点から考えて不合理な労働条件の違いを禁止している。ハマキョウレックス訴訟一審では、原告の契約社員が職務内容では正社員と同じなのに、全国転勤がないことや「将来、会社の中核を担う人材として登用の可能性」がないことを理由に、通勤手当しか認めなかった。だが二審では、個々の手当と職務内容の関係を判断して、無事故手当、作業手当、給食手当にまで支給を認め、最高裁では皆勤手当も認めた。

 異動や転勤の範囲や「登用の可能性」などの「これから起こるかもしれないこと」ではなく、いま実際に担っている仕事を重視した点で、「同一労働同一賃金」の考え方により近い判定といえる。

 ところが長澤運輸訴訟では、職務内容も異動・配転の範囲もまったく同じなのに、年金までの短期雇用なので長期雇用の現役社員とは異なるという「その他の事情」によって原告敗訴となった。職務内容も配転の範囲も同一として原告が全面勝訴した一審の判断を覆し、「定年退職後に賃金が引き下げられることは通例」だから敗訴、とした二審の判断を、最高裁がより丁寧な説明で引き継いだ形になった。実際に担っている仕事による判断ではなく、「再雇用」かどうかが問題にされたことになる。

「年金が来る」という通念が壁に

 最高裁の判決文を見ると、再雇用は年金までのつなぎで、家族を扶養する現役社員とは賃金の意味が異なるという考え方があちこちにみられる。たとえば、住宅手当と扶養手当は家族を扶養する世代への生活補給だが、嘱託社員は定年退職しているとして、不支給は合理的、とされている。だが、再雇用だから住宅支出がなくなるわけではないし、扶養する家族がいるかどうかは人によって異なる。また、年金支給までのつなぎ仕事であることは、仕事に見合わない低賃金でも我慢できる理由にはならない。支給開始年齢までは、年金は来ないからだ。

 そこには、定年後の働き手の生活実態を見えなくさせる「定年者は悠々自適」という世間の通念の壁がある。

 確かに、従来の大手企業ホワイトカラーは、年功賃金下で賃金が上がり続け、再雇用の時点で下げないと現役社員たちの賃金原資の負担になったかもしれない。だが、原告らをはじめとする中小企業の社員の多くは、何年働いてもさほど給料は上がらない。「再雇用だから」と下げられては、生活を保てる水準を割り込んでしまう。実際、「再雇用」の賃金体系によって、嘱託運転手らの年収は約500万円から300万円台に下がり、「入社1年目の人より低く」(原告)なったという。

 その水準も、2017年11月に東京都労働委員会から会社側に対し誠実に団体交渉に応じるよう求める命令書を出すなど、労働側が懸命に交渉を繰り返し、年金の報酬比例部分が支給されるまでの1年間、月2万円程度の調整金、基本賃金の引き上げ、歩合給の率を正社員の能率給より高めに設定させて、ようやく最大で正社員時の79%まで回復させた結果にすぎない。

 これは、1996年の丸子警報器訴訟判決で「同じ仕事のパート社員の賃金は正規の8割は下回ってはならない」とされた目安にも届いていない。

労働強化なのに賃下げ?

 また、大手企業ホワイトカラーの再雇用の場合は、高齢で体力が落ちることを考慮し、仕事内容や労働時間の軽減と抱き合わせで賃金を下げていることが多い。「仕事の対価としての賃金」という基本原則に配慮した手法だ。

 ところが原告らに対する賃下げは、

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