米国の保護主義で被害を受けるのは、米国の産業と米国の消費者だ
2018年06月20日
アメリカのトランプ大統領が6月15日、知的財産権の侵害を理由に、中国からの500億ドル相当の輸入品(産業ロボットや電子部品などハイテク製品等)に対し、7月以降に25%の高関税を課すことを公表した。
これまでの閣僚レベルの合意を反古にされた中国は、直ちに「同じ規模、同じ強さの追加関税措置を出す」との声明を発表した。アメリカ産の大豆、牛肉、自動車など500億ドル相当の輸入品が対象になる。アメリカの主要な輸出産業の狙い撃ちである。
トランプ大統領は、中国が対抗措置を講じるなら、さらに追加の関税をかけると言っている。これを本当に行えば、米中間で”やられたらやり返す”という貿易戦争が勃発することになる。
トランプ大統領は、アメリカの同盟国であるはずの日本、カナダ、メキシコ、EUに対し、既に鉄鋼・アルミの関税を引き上げ、さらに自動車の関税も大幅に引き上げようとしている。カナダで開かれたG7では、貿易問題を巡り完全に孤立し、ようやく合意された宣言についても、カナダのトリュドー首相の記者会見での発言に怒って、合意を撤回するとツイッターに書き込んだ。
まさかやられっぱなしと言うわけではないだろうが、日本は安倍首相とトランプ大統領との関係もあり、対抗措置について曖昧な態度をとっている。その日本を除き、これらの国は対抗措置としてアメリカからの輸入品の関税を引き上げると宣言している。アメリカは中国、EU、カナダ、メキシコ、インド(そして日本?)といった世界中の主要な経済国と貿易戦争を開始することになる。
関税引き上げの対象品目は、関税をかけようとする国にとっては国内産業の競争力が弱い産品であり、輸出している国からすれば競争力のある産品である。輸入国の消費者からすれば、自国の産業が供給する製品の価格が高いため、輸入品を購入しているのだ。内外ともに関税が引き上げられれば、輸入品に圧迫されている産業は利益を受けるが、輸出産業と輸入国の消費者は被害を受ける。
アメリカと世界の主要国の間の貿易については、これからはアメリカの輸出産品、輸入産品ともに高い関税が適用されることになる。アメリカの企業や農家は高い関税を払わなければ他の国に輸出できない。
他の国の企業も高い関税を払わなければ、アメリカ市場には輸出できない。しかし、アメリカ以外の国同士の貿易は従来通り低い関税が適用され、いままで通りの安い関税で輸出できる。フォードは高い関税を払わなければ世界中の主要国へ輸出できないが、トヨタはアメリカ市場への輸出は制限されてもEUや中国には安い関税で輸出できる。
つまり、トランプ大統領が進めようとする貿易戦争で日本を含むアメリカ以外の国の産業も影響を受けるものの、最も甚大な影響を受けるのはアメリカ産業なのである。
それだけではない。貿易の利益は消費の利益である。お互いが安く作られるものや他の国が作られないようなものを作って交換することで消費の利益を高めることが、貿易の本質である。これは国レベルの貿易だけではなく、同じ国の中でも地域間、個人間の交易も同じである。
ということは、最大の被害者はアメリカの消費者に他ならない。これまで安く輸入できたものに高い価格を払わなければならなくなるからである。
中国の消費者はフォード車が高くなっても日本、ドイツ、フランスなどから今まで通りの価格で車を輸入できる。ボーイング社の飛行機が高くなってもエアバスの輸入を増やせば良い。
これに対し、アメリカの消費者にとっては日本やドイツなどの自動車の価格が高くなる。それだけではない。これを見てフォードやGMも自動車の価格を上げるだろう。アメリカのPBS放送は、韓国等からの洗濯機の関税を引き上げたときにアメリカの大手洗濯機メーカーのワールプールも価格を引き上げたと報じている。
さらに、アメリカの輸出が減少すれば、アメリカ国民の所得が減少し、消費はより苦しくなる。これはアメリカ経済全体の購買力の低下につながり、全ての産業に影響を与える。
つまり、輸出にしても輸入にしても、アメリカは自国の周りに高い関税という壁を張り巡らせようとしているのである。あるいは、世界に通じる道路を自ら破壊しようとしていると言ってもよい。輸出も輸入も困難になる。
これによる最大の敗者はアメリカである。トランプ大統領は勝つ自信があるようだが、世界中を敵に回して勝てる力は、もはやアメリカにはない。
トランプ大統領は、輸入が悪で輸出が善だ、他国の不公正な貿易によってアメリカが貿易赤字になっているという考えに固執している。これは1980年代にアメリカで多くの人が信じた古い考えである。トランプ大統領はこれに囚われている。
トランプという人物は、他人を自分の意思に従わせられると信じているようだ。貿易だけではなく、G7サミットでもロシアの復帰を要求したり、パリ協定やイラン核合意、TPPから脱退したり、他国の考えや感情など考慮せず、やりたい放題である。
国内でも、ポルノ女優との不倫や金銭の授与によるもみ消し報道、トランプ財団による義援金の不当な流用、ロシアの大統領選介入との疑惑の関係など、どの一つをとっても、これまでなら政権の崩壊につながりかねないような問題である。
しかし、それにひるむ様子はない。その理由は、アメリカ社会が分断されていることだ。
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