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EUと連携し、トランプ支持層に打撃を

米国の保護主義を変えるカギはTPP11と日EU経済連携協定にある

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

拡大握手をする安倍晋三首相(中央)とEUのトゥスク大統領(左)。右はユンケル欧州委員長=2018年7月17日、首相官邸

EUが重視する日本とのEPA

 日EU経済連携協定(EPA)の署名が7月17日に行われた(経済連携協定と言っているが、内容は貿易や投資を促進するTPPと同様の自由貿易協定である)。安倍首相が欧州を訪問してブリュッセルで署名する予定だったが、西日本の豪雨災害への対応で中止となり、東京での署名となった。EU側からはトゥスク大統領が署名式に出席した。これは、EUがこの協定の重要性を十分認識していることを示している。

 日EU経済連携協定は世界のGDPの3割を占める国・地域をカバーすることになる。TPPからアメリカが離脱した今、世界最大のメガFTA(自由貿易協定)である。質的にも、物品の関税撤廃の程度で示される自由化のレベルも高い。

 EUの最高指導者であるトゥスク大統領がわざわざ訪日して署名したことは、保護主義で世界を振り回しているアメリカのトランプ大統領に対し、日本とEUは自由貿易を推進しているのだということを示したかったのだろう。

自由貿易協定のドミノ効果

 だが、それだけではない。新たなドミノ効果を生むことも期待できるのだ。

 自由貿易協定の本質は「差別」である。参加すれば関税の削減・撤廃や投資の円滑化・保護などのメリットを受ける。一方、参加しなければこうした利益を受けないばかりか、逆に他の競争国に比べて不利に扱われるというデメリットを受ける。このため、自由貿易協定は自由貿易協定を呼ぶことになる。メガFTAの場合は、参加国の拡大である。自由貿易協定はドミノ効果を持つのである。

 そもそも日EU経済連携協定を仕掛けたのは、日本の産業界だった。EUの自動車等の関税は高い。韓国が先にEUと自由貿易協定を結んだので、日本の産業界はEU市場で韓国に比べて競争条件が悪化することを心配した。つまりEUと韓国の自由貿易協定で、日本の産業が差別されるのではないかと考えたのである。

 この協定のドミノ効果により、日本がEUに経済連携協定(自由貿易協定)の締結を求めることとなったわけだ。

EUを動かしたTPP

 EUは当初、日本の提案に冷淡だった。日本の工業品の関税は既にゼロとなっているものが多く、日本と経済連携協定を結んでも、これによって得られる利益は少ないと判断したからである。

 しかし、EUが態度を変更せざるを得ない事態が発生した。日本のTPP交渉への参加と同交渉の合意である。

 日本の工業品の関税はゼロか非常に低い水準だが、農産物には高い関税障壁が残っている。それでも、EUはこれまでチーズ、ワイン、豚肉等を日本に輸出してきた。

 ところが、EUが日本への農業輸出で競争してきたアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの関税はTPP交渉で削減されたり撤廃されたりする結果になった。今度はEUが農産物で「差別」されることになった。

 この「TPPのドミノ効果」により、EUは日本との経済連携協定締結への積極姿勢に転じたのである。

拡大トランプ大統領に歓声を送る支持者。プラカードには「トランプ支持の女性」「ヘドロをかき出せ」と書いてある=2017年7月25日、オハイオ州ヤングスタウン

自業自得の米国

 次に「差別」されるのは、TPPから離脱したアメリカである。

 ワインについては、TPP11や日EU経済連携協定などによって、日本へ輸出するアメリカ以外のかなりの国々(オーストラリア、ニュージーランド、チリ、フランス、イタリア、スペインなど)への関税が撤廃される。高いパスタの関税も11年目に撤廃されるので、アメリカ産パスタの競争力は大幅に悪化する。

 2017年度の日本市場への豚肉輸出の主要国は、EU30万トン、アメリカ29万トン、カナダ19万トン。アメリカはTPP11でカナダに、日EU経済連携協定でEUに、日本の市場を奪われることになる。

 TPP交渉で日本の豚肉関税を一部撤廃させたのは、他ならぬアメリカである。日EU経済連携協定では、TPP合意と同じ条件をEU産豚肉に認めることになった。アメリカは努力して交渉して得たものをライバル国のカナダとEUに渡し、漁夫の利を得させたばかりか、自らは逆に不利な立場に置かれることになったのだ。TPP脱退がもたらした「効果」である。いわばアメリカの自業自得だ。

 なお、低関税輸入枠の設定にとどめたソフト系チーズについては、EUからの輸入も増えないし、価格も下がらないと考えられる(WEBRONZA「チーズの値段は下がらない」)。そもそもカマンベールなどソフト系主体のEU産チーズとアメリカ産チーズは競合しないので、EU産の輸出が増えてもアメリカに影響は及ばない。しかし、チーズ生産の副産物でありアメリカの輸出関心品目であるホエイについては、EUへの関税が削減されるので、アメリカの輸出は減少する。

トランプ支持層に打撃を

 関税が高いことが、自由貿易協定に参加しない国を「差別」し、ドミノ効果を生む。日本の農産物関税が高いことが、意図せざる自由貿易推進効果を生むことになった。 ・・・ログインして読む
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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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