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北欧モデルを支える政治参加

不安を安心へ。若い力で政治をchange(変える)

伊藤裕香子  朝日新聞論説委員

ムーミンはフィンランドの作家トーベ・ヤンソンが母語のスウェーデン語で書いた物語。フィンランドとスウェーデンは海をはさんだ隣国で、同じ高福祉国家として高齢化時代の社会保障の模索を続けている=フィンランド・タンペレのムーミン美術館

総選挙の投票率は80%超

 北欧モデルは、日本では参考にならないという指摘が根強くある。「高福祉・高負担・高幸福度」といっても、日本とは人口の規模も、文化や風土も違うからという理由だ。それは正しいのか。

 取材でスウェーデンを訪ねたのは6月中旬、ここでもサッカーのワールドカップ(W杯)は、とにかく盛り上がっていた。初戦の韓国戦があった6月18日、ストックホルムでは代表チームと同じ青や黄色のユニフォームを着た人たちが、店で昼からビールを飲んで応援し、勝利に歓喜の声を上げていた。

 W杯と同じ年の9月、サッカーとは異次元で盛り上がる4年に1度の大イベントがこの国にはある。毎回80%を超える高投票率を誇る、総選挙だ。

 北欧モデルは、この「高投票率」と無縁ではないのではないか。韓国戦前日の日曜日、総選挙に向けて各党が集まる集会があると聞いて、行ってみた。ステファン・ロベーン首相も演説をするという。

政治集会は子ども連れも若い人の姿も多い。まじめな討論の場でありながら、楽しいお祭り会場のような雰囲気もあった=スウェーデン・ストックホルム郊外のヤルバ地区

「政治家と一般の人たちの出会いの場」

 移民も多いヤルバ地区の会場は、最寄り駅から歩いて15分ほど。この日は、1週間続く集会の最終日。セキュリティーチェックもない入口に、エリクソンなどスポンサー企業の名前とロゴが並んだ門が立っていた。

 「ようこそ!」。そう声をかけられ、次々にチラシやバッグが渡され、あっという間に両手がふさがった。赤い風船が用意され、コーヒーやホットドッグコーナーも。ベビーカーを押した親子や駆け回る子どもたち。お祭りにやってきた家族連れといった雰囲気だ。

 会場の奥へ進むと、テントを張ったブースで熱のこもった討論会が続いていた。「治安」「移民」などのテーマに分かれ、用意された席はほぼいっぱい。質問も飛んでいる。前の方で意見を発表する人たちも、各地から来た一般の人たちだという。

警察官も国民の1人。政治集会では登壇者にもなる
 治安の悪化はこのところ国民の関心が高いらしい。警察官の増員を求める声が強まっている。警備の人かと思ったが、「POLIS」のジャケットを着た警察官自身が壇上に上がり、意見を述べていた。

 与党の社会民主労働党系の公務員労働組合、コミュナールの議長を務めるトビアス・ボディーンさんが「ここは、政治家と一般の人たちの出会いの場。民主主義を決めていく選挙において、重要な接点です」と説明する。A4判の用紙を二つ折りにしたチラシには「社会福祉にもっと資源や予算を割くか」「行政サービスの民間委託の利潤にストップをかけるか」などと、争点となりそうな政策の主張を、党派ごとに「Ja(Yes)」なら緑、「Nej(No)」なら赤で色分けしてあった。

 夕刻、にわかに空が曇り、強い雨が降り始めた。各政党がシンボルカラーのビニールでできた簡易レインコートを配る。赤、ブルー、オレンジ、透明のもの…。はおると、まるでその党の支持者のようだ。午後7時、首相が演説を始める直前に雨はやんだ。会場を見渡すと300人から400人はいるだろうか、けっこう埋め尽くされていた。

「社会の格差を取り除こう」「税金は引き下げないが、福祉は強化する」

 具体的な政策論はあまりなく、演説は45分ほど。途中で帰った人もいたが、首相支持派だけでなく、反対派の人たちもプラカードを掲げて粘り強く聞いている。

将来不安、人手不足…日本と同じ

 政治や社会に対する不満と不安は、この国にもある。

 街中で「税金」について43人に話を聞いたとき(参照:WEBRONZA「税金とはinvestment(投資)だ」)、この「不満と不安」についても、意見を聞いた。

 20歳のパトリシアさんは「早く働き始めないと所得税を納められないので、年金が十分にもらえないかも」とちょっと心配だ。銀行が開いた学生向けの投資セミナーで「20代の人たちは、いま年金をもらっている世代よりも受取額が低くなる」と聞いた、という。スウェーデンでは「ギャップイヤー」と呼ぶ、大学入学前に1~2年間ほど見聞を広げる期間があり、社会に出て働き始める年齢は日本より高い。

パトリシアさんは今年9月の総選挙で初めての一票を投じる。「もし投票に行かないという人がいたら?」と聞くと、「投票は社会を生かすもの。投票しない限り世の中は変わらない、と言います」と答えた

 宝石店で働くマディアさん(28)も「労働者が減っていったら、年金は十分ではなくなるかも」と思い、20歳から貯蓄を始めた。公的な年金だけでは不安だと、自ら備えを始める人も珍しくないようだ。

 タンドリー市で服飾雑貨を営むサンナさん(57)は、市の窓口に怒りの電話をかけたばかりだ、と言う。90歳を過ぎた母が家で過ごしているが、来てくれたホームヘルパーに「ポテトをちょっと煮てほしい」と頼んだところ、「時間がない」と断られた。母は、食事をとることができなかった。仕組みの問題で、ヘルパー個人に罪はないと思うが、「スウェーデンにも大勢の移民がきて、将来の年金も含め、あらゆることが悪化しています」とサンナさん。

 ソレントゥーナ市で48人が暮らす高齢者向けの住宅では、かつては夏休み期間になると集まりにくかった正看護師が、最近は1年じゅう足りない。募集してもみつからないときは、割高になるのを覚悟して、人材派遣会社を通じて来てもらっている。住宅を管理する立場のレジーナさんは「国全体で不足しています」と困った様子だ。

 病院ではベッドが足りていない。ストックホルム市に住む68歳の女性は、手術後に炎症を起こして対応が必要だったのに、入院できなかった。

 将来不安に、人手不足。日本で聞く言葉と、同じだ。

 移民が増え、多くは家族を呼び寄せている。住宅や仕事が十分に回らず、総選挙の一つの争点としてスポットライトが当たる。

政治家を志望する若者たち

 取材を通じて、政治家志望の若者にたくさん出会った。

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