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孫社長のリークを、日経はそのまま載せた

ソフトバンク元広報責任者が明かす孫氏のマスコミ操縦術

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

記者会見するソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2017年11月6日、東京都内

「言いたいことをそのまま載せてくれる」

 鮮やかなスクープに見えた記事が、実は意図的なリークだった。報道の現場に長くいると、あのスクープはリークによる報道の相場操縦ではないかと疑う場面は多々ある。それを裏付けるものはなく、断定はできない。

 ところが、そんな秘め事を打ち明けてくれる人が現れたのである。「日経のスクープはリークですよ」と。

 ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)の元広報責任者と最近、会う機会があった。久闊を叙し、近況を報告し合い、昔話に花が咲く。

 私がソフトバンクを初めて取材したのは、いまから20年以上前の1997年4月のことで、以来、かれこれ20年以上も断続的に取材し続けている。ときおり日本経済新聞に鮮やかにスクープされることがある。その背景を元広報責任者はこう打ち明けてくれた。

「孫さんはね、リークしたいときには『記者を呼んでくれ』と言うんですよね。『日経のだれそれさんを呼んで』と名指しで広報室に下りてくるんです。広報室としてはその記者に『お越し頂けないでしょうか』と連絡を取って、お呼びするんです。だから、いくら夜回りや朝駆けをやっても、かないっこないですよ」

 日経は、一般紙の朝日や毎日、読売と違って株式市場に対する影響力が大きい。朝毎読では経済面に掲載されるような記事でも、日経なら「どーん」と一面でやってくれる。

 そういえば、民主党衆院議員から孫氏の「参謀役」の社長室長に転じた嶋聡氏は2012年の米スプリントの買収発表の際、「あれは日経にリークする手はずが整っていたんだけれど、先にNHKが夜7時のニュースでスクープすることになって社長室が大騒ぎになった」と私に打ち明けたことがある。やはり、まずは日経なのだ。

 さらに元広報責任者は、こう続けた。

「それと日経は、こっちの書いてほしいことを載せてくれるんです。言いたいことをそのまま、きちんと載せてくれるというのが大きいですね。日経は言いたいことをそのまま載せてくれる媒体なんです。そういう媒体は大事なんですよ」

 妙に解釈や論評を加えることなく、「言い分をそのまま載せる」という点が、孫氏からすると、ありがたい。日経に大きく、伝えたいことを載せ、それによって「報道の相場」づくりを期待する。

蜜月だった頃の孫社長(左)とニケシュ・アローラ副社長=2015年11月4日、東京都中央区の東証

「アローラ氏退任」のプロパガンダ

 近年でその代表的なケースは、孫氏が三顧の礼をもって迎え入れたインド出身のニケシュ・アローラ氏の退任報道だったように思われる。

 日経は2016年6月21日、孫、アローラ両氏のインタビューをとり、翌22日に「ソフトバンク、『後継』アローラ氏退任、孫氏、禅譲撤回、社長交代時期、認識ずれ」と一面で報じた。関連の解説記事を三面に展開し、両氏の一問一答も掲載する手厚い報道ぶりだった。

 しかし、この報道には解せないところがあった。

 孫氏は、グーグルに在籍していたアローラ氏を一目惚れのような格好で入れ込み、巨額の報酬を約束し、スカウトした。孫氏は15年10月のイベント「ソフトバンクアカデミア」で、「後継者として指名したニケシュを皆さんに紹介したい」と切り出し、「僕は若いときに10年ごとの目標を作った。20代で存在を示し、30代で資金を作り(中略)、60代でバトンタッチをする」と言及。そのうえで「これから2人でやっていきたい。後継者を見つけた喜びでいっぱい」などと、端から見ていて気恥ずかしくなるほどベタ惚れだった。16年6月22日の株主総会ではアローラ氏の副社長再任の人事案が上程される予定で、株主への招集通知にはその旨が記載されていた。その総会当日の日経にこんな記事が載ったわけだ。

 このときの日経によると、株主総会を控えた6月初めに突如、孫氏が「ニケシュ、すまないけど僕はまだ社長を続けたいんだ」と豹変し、「ニケシュほどの人材をいつまでもバッターボックスの手前で待たせる訳にはいかない」と告げ、アローラ氏は「新たな道を行く」と答えた、ということになっている。

 孫氏はこのときの日経のインタビューで「60歳で引退と決めていたが、いざその時期が近づくとやっぱりもうちょっとやっていきたいという欲望が出た」と語っている。にわかには信じがたい言い分である。はっきり言って、真相を隠したいが故の孫氏流のプロパガンダの一種だろう。

 元広報責任者が「こっちの言いたいことをそのまま、きちんと載せてくれる」という日経は、そのお先棒を担がされたのだ。

真相は醜悪なスキャンダルだった

 というのは、この5カ月前の16年1月、匿名の株主がアローラ氏の身辺調査を求めた11ページもの「内部調査要求書」をソフトバンク取締役会に突きつけていたからである。

 それによると、アローラ氏はソフトバンクの副社長である半面、投資先が競合する米投資ファンドのシルバーレイクのシニアアドバイザーを務め、さらにシルバーレイクの幹部と秘かにプライベートな投資会社まで設けていた。シルバーレイクは、ソフトバンクが大株主である中国のアリババ・グループにも投資しており、利益相反やインサイダーが疑われかねない振る舞いである。

 それだけでなく、ソフトバンクの投資先にアローラ氏が個人でも投資し、社業を通じて個人の利得拡大も目指せるようになっていた。このほかアローラ氏が過去にギリシャの通信会社で詐欺的な手法で資金調達し、訴訟を起こされていることや、満足に資産査定の調査をしないまま、ソフトバンクの投資先を相次いで決めていることなど、驚くような内容が記載されていた。詳細な内容から見て、アローラ氏を好ましく思っていないソフトバンクの社員株主が内部告発したと見られる。

 この調査要求書を受け取ったソフトバンクの取締役会は同年2月、特別調査委員会を設け、アンダーセン・毛利・友常法律事務所の弁護士らに調査を委託し、6月に入って厚さ数センチにのぼる大部の調査報告書を受け取っている。

「(内部調査要求書に)書かれていることには事実もある。法的に問題かというと、そうとも言えないが、倫理的には問題がある。日本人だったら普通やらないことばかり」

 取締役の一人はそう語っていた。そのうえで「辞めてもらうことにしたんだ」と打ち明けた。つまり、孫氏が突然もっと長く社長をやり続けたくなったのではなく、醜悪なスキャンダルを気にして辞めるよう引導を渡したのが真相だった。

最大の売りは孫氏の語る「物語」

 日経の報道はこうした問題に蓋をし、孫氏の恥ずかしい失敗を覆い隠す役割を担った。

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