重要なのは、何が頭に残るか。本のエッセンスをつかみ、解らないことはすぐに調べる
2018年08月09日
本を読むということが、多くの人達にとって知識や幅広い経験(必ずしも自ら体験していないものごとを含めた)のベースになっていることはまちがいのないところでしょう。しかし、一つの本を熟読することは時間がかかりますし、また、それに値する本はそれ程多くないのではないでしょうか。
私は本を読むというよりは「見る」ことの方が多いのですが、本のエッセンスをつかむためには見ることが大切だとおもっています。
もちろん、文章をじっくり読んでそのよさをしっかりとらえるということも、時としては重要かもしれません。名文を何度も読むことによって、文学作品を味わうということもない訳ではないのでしょう。例えば、川端康成の「雪国」の冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国があった」というくだりはまさに見事な導入部で、何度読んでも味わいのある文章です。
しかし、多くの場合、名文を味わうというより、その本のエッセンスをしっかりつかむことの方が大切になってきます。こうしたケースでは見ることが重要になってきます。この本が読者に伝えることは、おそらく、それ程多くのことではないはずです。つまり、その本の「さわり」が一体何なのか、何が筆者の最も伝えたいことなのかをさぐることが大切なのではないでしょうか。
こうした場合、重要なのは「はしがき」や「あとがき」です。しばしば、筆者ははしがき等によって本のエッセンスを示しています。はしがきを読んで目次を見れば、かなり筆者が伝えたいことが解ってくるはずです。
名文をじっくり味わおうということではなく、本が最も伝えたいことを短時間でつかむためには見ることが大切だということなのでしょう。本は必ずしも端から端までじっくり読まなくてもいいのです。場合によれば、はしがきを読んで、目次を見て、5~6ページ、あるいは10数ページ読めば充分ということもない訳ではありません。
本は最後まで読まなくてもエッセンスは伝わってきます。そして、筆者が読んで欲しいと思っているポイントははしがきや目次から浮かび上がってくるはずなのです。本を読んで重要なことは、何が、読み終わった後で頭に残っていくということです。
かつて、宗教学者の山折哲雄さんが講義をしていた時、生徒にノートを取ることをやめるように伝えました。ノートなどをとらずに、集中して講義を聞いて、あとで頭に残ったことはノートに書いておけという訳です。聞くことと書くことは必ずしも両立しません。まず、じっくり聞いて頭に入れておくことが重要だというわけなのです。
読書も同じです。何が頭に残っていくかが重要なのです。
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