今回、アメリカはこれを無視する形で301条を中国に適用し、関税の一方的引上げを実施した。これに対して、他のWTO加盟国から大きな批判が生じているが、アメリカの主張が全く根拠のないものではない。
アメリカが中国に対して不満を持った行為のほとんどが、WTOでは規律されていないものだからである。アメリカ企業が中国国内で活動する際、その技術や知的財産を中国に移転することを要求したり、同じくアメリカの技術や知的財産を取得する目的で、中国企業がアメリカの企業を買収したり投資したりする行為などである。これらは、そもそもWTOで規律していないので、アメリカはWTOに提訴することはできない(しかし、アメリカがその目的を達成するためにとった対中関税引き上げという措置は、ガット・WTOの最恵国待遇という大原則に違反することになる)。
なぜ、WTOの規律ができていないのか?
それは、2001年から開始されたドーハ・ラウンド交渉が、新しい分野の規律や関税引き下げを主張する日本、アメリカ、EUなどの先進国とこれに反対するインドや中国(ドーハ・ラウンド交渉開始と同時にWTOに加盟)が対立して暗礁に乗り上げているからである(参照:「中国」に惑わされず、RCEPよりTPP拡大を)。この結果、WTOの規律は、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉が妥結した1993年以降の経済や貿易の変化を全く反映しないものとなっているのである。
これは、アメリカだけではなく、日本やEUなどの先進国が共通して抱える懸念である。
このため、2018年6月のG7サミットでは「WTOを現代化し、可能な限り早期に、より公正にする」ことが合意された。アメリカが鉄鋼・アルミや自動車の関税を引き上げることには、日本もEUも反対だが、中国の行動を規制するためにWTO改革が必要だという点では、アメリカと同じ意見である。
では、そのためにどのようなWTO改革を行えばよいのだろうか?
プルリ協定では中国を規律できない
日本経済新聞が提案しているプルリ協定には、次の問題がある。
第一に、ルールについてのプルリ協定を結ぶ場合には、知的財産権とか国有企業などのイッシューごとに参加国が異なることになる。実際に東京ラウンドでは、イッシューごとに参加国がまちまちとなり混乱したことから、その反省として、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉では全ての国が全ての協定を一括採択(参加)するシングル・アンダーテイキングという合意方法が取られた。
第二に、アメリカや日本などが関心を持つ知的財産権とか国有企業などのプルリ協定には、中国は参加しようとはしないだろうということである。これでは、中国に規律を課すことはできない。アメリカは目的を達成できない。
第三に、モノの関税の引き下げのプルリ協定では、参加しない国も参加国の関税引き下げの恩恵を受けることになる。このフリーライダーの問題があるので、最小限必要だと思われるある程度の数の国が参加しない限り合意しないというクリティカル・マスという交渉方法が取られてきた。プルリ協定だから簡単にできるというものでは、必ずしもない。
では、我々として、なにが可能か?
TPPを使おう