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愚かで危険な米中「貿易戦争」を止めよ

日本は諸国と協力して、米中歩み寄りの道を探れ

小此木潔 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

拡大記者会見するトランプ大統領

 「貿易戦争」という物騒な表現も辞さない米国のトランプ大統領が踏み切った輸入関税引き上げは、標的とされた中国の報復を呼び、両国は対抗措置の応酬を繰り返そうとしている。選挙目当てで有権者の歓心を買おうとして自由貿易に背を向ける乱暴なトランプ流だが、これを止める動きは米国内にはなく、中国も対抗姿勢を振りかざしたままだ。攻防がこのままエスカレートすれば、やがて景気後退や不況どころか世界恐慌の引き金を引く危険すらある。また、米中対立のあげく、米国と北朝鮮の対話路線が崩れれば、再び軍事衝突の懸念が高まり、最悪の場合は核兵器を使った戦争まで起こりかねない。世界に害悪とリスクをまき散らす愚かで危険な「貿易戦争」をやめさせるために、日本も他の諸国とともに努力しなくてはならない局面である。

 米国は、知的財産権への侵害を理由に対中制裁関税を7月に発動し、その第2弾となる制裁措置を8月23日に発動することを明らかにした。これで中国からの輸入額の1割に制裁関税がかかることになる。しかも米国は中国の報復措置に対抗するとして中国からの輸入品に幅広く関税を引き上げる第3弾も準備している。報復の連鎖は欧州連合(EU)や日本をはじめ世界各国を巻き込むのは必至で、貿易の縮小やそれによる不況圧力など悪影響が世界経済に広がることが懸念されている。

予想される、世界貿易の大幅な減少

 こうした動きには以前から警告がなされていた。米国の経済学者ポール・クルーグマン氏はニューヨーク・タイムズ紙のコラム(6月17日付電子版)で、貿易戦争が拡大すれば最悪の場合、世界貿易の規模が大幅に縮小し、世界の総生産(GDP)比では1950年代の水準にまで落ち込んでしまうかもしれないとする大まかな試算を公表。それでも「多くの人々が想像するよりも世界のGDPの落ち込みは少なく、2~3%程度かもしれない」と述べていた。

 しかし、クルーグマン氏も付言しているように、この数字はグローバル化の逆転ともいえる事態に伴う混乱を考慮しない計算であり、実際に世界貿易が大幅に減れば、相当の混乱が避けられないはずだ。たとえば、2008年のリーマン・ショックが引き金となった世界金融恐慌のような事態が起きてしまうのではないか。その結果、世界の総生産の落ち込みもクルーグマン氏の計算よりもはるかに大きなものになるに違いない。

 貿易の大幅な縮小はさまざまな貿易および金融取引の混乱を伴う「巻き戻し」と呼ぶべき事態を引き起こすのであって、それまで無視あるいは過小評価されてきたリスクを顕在化させる。それに伴う取引の中断、リスクの再評価による経済環境の悪化などが世界に起きている資産バブルを崩壊させ、巨額の不良資産の発生をもたらし金融ショックを世界に波及させるだろう。

 かつて米経済学者ハイマン・ミンスキーが『ケインズ理論とは何か-市場経済の金融的不安定性』(1975年)で説いたのは、資本主義経済は順調な発展につれてリスクを積極的にとり続ける傾向があるということだ。だから大規模な投機ブームの崩壊が恐慌につながりやすいというのである。現にそうしたことが世界規模で起きたのが1929年のニューヨーク市場の株価大暴落に端を発した世界大恐慌であり、2008年の世界金融恐慌だったのである。今後は、貿易の大幅な減少で経常収支の悪化に苦しむ国が出れば、そこから危機が連鎖して金融恐慌が起きるかもしれない。

 もちろん、そうした事態への転落を防ごうとして各国政府は財政出動や中央銀行による流動性供給、金融緩和などさまざまな手段を講じるだろうが、すでに金融緩和と財政出動を続けてきた国々にさほど有効な手段が残されているわけではない。「貿易戦争」で取引の大幅な縮小が襲いかかれば、事態はかなり悲惨なものになると考えるのが当然ではないだろうか。

戦争に突入する危険も

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筆者

小此木潔

小此木潔(おこのぎ・きよし) 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

上智大学教授。群馬県生まれ。1975年朝日新聞入社。富山、奈良、大阪、ニューヨーク、静岡、東京で記者をしてきた。近年は日本の経済政策や世界金融危機など取材。2009年5月から東京本社論説委員室勤務、11年4月からは編集委員も務め、14年4月から現職。著書に「財政構造改革」「消費税をどうするか」(いずれも岩波新書)、「デフレ論争のABC」(岩波ブックレット)。

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